そう最も警戒すべきは――温度である。

その土地の風土、気候、それぞれに最も影響されるそれ。
まず一番最初に素肌に感じたその温度が全てを左右すると言っても過言ではない――
なんのこたーない。

湯加減の事である。



「極楽……」
リズの甘言に一も二も無く籠絡されたは現在、イーリス王宮の一角にある王族の為に設えられた浴室を堪能していた。

明るい色で統一された室内には光彩を採り入れる為の大きな硝子張りの窓があり、そこから陽の光が惜しげも無く降り注いでいる。
浴槽は広く、大の大人が裕に十人は寛げるだろう。湯量は豊富で、適温に保たれたものが絶え間無く注がれている。
僅かに薬湯の匂いはするが、不快感は感じない。むしろ尖った神経を優しく宥めてくれているような感じがした。

贅沢、まさにその一言に尽きる。

「あぁ……もう、動きたくない……」
浴槽の縁に寄り掛かって、立ち上る湯気を胸一杯に吸い込む。
自然と鼻歌が口をついて、それに触発された風の精霊や水の精霊達が文字通り乱舞する。

常人の目には映らぬその舞は、だがの目にははっきりと映りささくれ立っていた心を柔らかくしてくれて。



だが、は知らない。
もう暫くの後、主君の意を受けた王宮内で最も恐ろしい生き物達が来襲することを。



天国から地獄――正にそう呼ぶに相応しい時間の前の、ほんの一時の光景であった。


とある軍師の温泉学2(バルネロジー)