翼ある者のみに許された高さで、『それ』は 自らの器にそっと手を触れた。

――鼓動を打たぬ骸の真上に。

(まだ、余韻が残っている……)

本来『それ』にあるはずの無い、一瞬のまるで人間(ヒト)のごとき感情の高まり。
空になったはずの器に引き摺られたかのように、気が付いた時には力を奮っていた。

「それこそ、ありえぬ……」
現に今は眼下に広がる光景を見ても、この身には何の感情も湧いてこない。それは当然と言えば当然なことなのだが。
不確定要素が起きた以上ここで介入すべきかとも考えたが、だが『それ』はその選択肢を採らなかった。

手に入れるのはいつでもできる――それと同時に、まだ力が足りぬと身体の奥底から声が響いている。

「ふん……」
興が失せた、とばかりに一つ鼻を鳴らし『それ』は身体に満ちる力の極々一部を露見させた。

途端、昏い宙空に闇色の光が踊り、古代の文字(ルーン)を描き出す。
それは今を異なる場所へと繋ぐ、絶えて久しい魔導の技。


次の瞬間『それ』の姿は闇色の光跡のみを残し、その場から消えていた。


濃紺の髪の男と夜闇色の髪をした女の抱き合う姿を、その視界に焼き付けたまま――



うつろわざるもの、そして