ホワイトデー・アソート〜黒子テツヤの場合〜
「……すいません、お待たせしました。」
通常、誠凛高校一年黒子テツヤが声を掛ければ、大抵の人間が急にかかった声に跳び上がるものだが。
「ううん。部活、お疲れ様。」
同校一年、だけは驚くでもなく微笑んで労いの言葉を掛けてくれるのだ。
何故ならばこの二人――お付き合いを始めて、もうすぐ記念すべき一年目の他人(主に彼の所属する部活の同輩・先輩)も羨む仲の良い恋人同士だからである。
「大丈夫?部活、大変じゃないの?」
「いえ、大丈夫です。今日はミーティングだけでしたので。」
「そっか。」
本日、三月十四日は天下に轟くホワイト・デー。誠凛高校男子バスケットボール部に於いて、公然追剥デーと密かに呼ばれている日でもある。
何故ならば地獄のバレンタインデーに於いて同部の相田リコ監督お手製のチョコレート(らしき物体)に、命の危険に曝された挙句の一ヶ月後たる今日。その三倍返しが基本とされる暴利日に、なけなしの小遣いから金品を巻き上げられるからである。
か弱い
無論、部員達もその哀しいかつこれ以上無い言葉に全員が全員貰い泣きをしていた。
「バレンタインの時は助かりました、さん。」
「そ、そう?いや、ただ単なる思い付きだったんだけどね。」
約一ヶ月前、あれやこれやで監督に手作りチョコを諦めさせようと獅子奮迅の働きを見せた部員達であったのだが。
当然と言うか、その悉く全てが徒労に終わり――否、徒労に終わるだけならまだマシだったのだ。より一層相田リコ監督の、チョコ製作意欲に火に油どころかガソリンをぶん投げる結果となり。
「……まさか、高校に入ってまでバレンタインに命の危険を感じるとは思いませんでした……」
黒子、遠い目。
母校たる帝光中学での惨事に再び見舞われるとは、思ってもいなかった。――思いたくなかった。
「役に立てたら良かったよ。でも、今日は大丈夫だった?」
「はい。今日もちゃんと渡してきましたので。」
約一ヶ月前の今日。チームメイト達があの手この手と品を変え、カントクに大量虐殺を思い留まらせようとしている最中。黒子は彼女であるの存在を理由に、丁重にご辞退並びに最近よく聞くようになった逆チョコをリコに献上し一人その日を無傷で生き残ったのである。
「浮気はしない性質なので、元々受け取らないつもりではいたんでんすが……」
「義理チョコだって言われたら、受け取らなかったら角が立つもんね。」
「はい。それを封じるための逆チョコ……正直、あの時さんが天使に見えました。」
「お、大袈裟だよ。テツ君……」
顔を真っ赤にして照れる姿は、黒子にとって正に天使なのだが。あまり言うと恥ずかしがり屋の彼女の機嫌を損ねてしまう。
ちなみに黒子のように無傷は愚か、盛大に玉砕した面々からは後から恨みと呪いの言葉を頂戴した。
あまりと言うか、全く堪えていないのだが。
「それでですね、さん。」
「うん?」
そして今日。やはり同じように部員達のリア充爆発しろとの呪詛を背中に一身に受けながらミーティングを無事終了し、校門で待ち合わせていた彼女と合流を果たしたわけなのだが。
「チョコレート、ありがとうございました。とっても美味しかったです。」
「う、うん……わ、私こそ。ありがとう、受け取ってくれて……」
「それで、今日はホワイトデーと言うことで……色々と、悩んだんですが……」
照れてやや俯き加減な彼女に、一通の水色の封筒を差し出す。の視線が封筒と黒子を何度か往復し、私に?と小動物のように首を傾げる彼女に動悸を逸らせながら(見た目は全く変わっていないが)黒子が頷く。
「受け取って、頂けますか?」
「も……もちろん!ありがとう!あの……開けても、いい?」
はい、と無表情に頷く黒子が封筒の代わりにの鞄を預かる。実に気配り心配りに長けた、誠凛バスケットボール部随一のおっとこまえである。
なんだろう、と実にドキドキしながら開封した包みの中から出てきたのは、一枚の薄い紙で。
「栞……?」
「はい。その、あまり上手くはないんですが。僕が……その。作り、ました。」
「え!?」
驚きの声を上げ、今度は手の中の栞と黒子の顔を視線で行き来する。和紙をベースに作られたと思しき栞には、押し花の桜が三輪可憐な姿を留めていた。
「すいません、こんなものしか思いつかなくて……」
「ううん!そんなことない!ありがとう、テツ君。すっごく素敵……嬉しい、私こんなに嬉しいプレゼント貰ったの、生まれて初めて……!!」
やや興奮気味に喋るその姿に嘘は無く、珍しく黒子も小さく笑んだ。
「喜んでいただけて何よりです。それでですね、さん。」
「うん?」
薄い一枚の紙を太陽に翳して、感嘆の声を上げていたが名前を呼ばれて首を傾げた。
「これから、その栞を使う本を……一緒に買いに行きませんか?」
ホワイトデーのプレゼントを口実にした、デートのお誘い。
無論、が否と言うわけが無い。
嬉しそうに何度も首を縦に振る彼女に片手を差し出して、栞を持っていない方の手を優しく包む。
日々バスケットボールを扱う、少しごつごつした硬い男の子の手。こんな時、不覚にもあまり異性に慣れていないは少し緊張してしまうのだが。
だけど今日だけは、自分から包まれた手にそっと自分の手を絡めて。
少しだけ驚いた表情をした黒子に微笑みかければ、彼も同じように微笑ってくれる。
鞄をどちらかが持つかで少々言い合いをしながら、行きつけの本屋へ急ぐのだ。
勿論、繋いだ手はしっかりと互いに握ったまま。
<おまけ>
「くっそう……黒子の癖に……!!」
「影ウスの癖に……!!」
「どー考えても不可能だろ!?どうやって彼女作ったんだ黒子の奴!?」
「つーか先輩差し置いて幸せになるたぁふてぇ奴だよなおい!?」
「……先輩、腹減ったんで帰っていいっすか?」
誠凛高校バスケットボール部の面々が、校門の影からリア充爆発しろとの呪いを掛けていたそうな。