ホワイトデー・アソート〜黄瀬涼太の場合〜

 
「……『本命彼女にあげたいホワイトデープレゼントランキング』?なにこれ。」
と、が摘み上げたのは今週発売のZUNONBOY最新号だ。ちなみに彼女のものでは無い。

「ああ。気にならない?旦那が何て言ってるか。」
「ならない。それから何度も言ってるけど旦那言うな。黄瀬と付き合ってなんかいないって、何度言わせりゃ気が済むの。」
「あら、私旦那が黄瀬だなんて一言も言ってないわよ?」
「…………」
ランチタイム後の同性の友人同士の軽いジャブの応酬は、どうやら友人側に軍配が上がったらしい。反論の糸口を見いだせずにそっぽを向いたに、本の持ち主が笑いを噛み殺しながらホワイトデー特集と銘打たれたページを開いた。


「ふ〜ん。流石人気イケメンモデル達ね。選ぶ物も女の子が喜びそうなもの、さり気なくチョイスしてる。」
「そりゃそうでしょ。雑誌の特集なんて、メーカー・タイアップそのものだもん。製菓と生花業界の陰謀日(バレンタインデー)と違って、価格単価が高いものがメインターゲットの宝飾業界とアパレル業界の陰謀日(ホワイトデー)にしてみればその事前広告と広告塔がモノを言うんだからさ。」
「夢も希望も一瞬で吹き飛ぶようなコメントどーも。さっすが、芸能関係者の言葉は重みが違うわねー顔の無い歌姫さん?」
「ちょっと止めてよ、そのこっ恥ずかしい名前。誰がそう呼び始めたんだか知らないし、確かにママやお姉ちゃん達みたく他人様にお見せできる程のレベルじゃ無いのは百も承知だけど。私にはちゃんと、れっきとした自前の顔があるんだから。」
「部活のミーティングだっけ、今日は。旦那が居なくて良かったわ。きっと今の聞いたらまた『っちは可愛いっスよ!』って騒ぎ出してたでしょうから。」
「だから旦那じゃないって言ってるでしょーが。」
ぐっと表情を寄せれば、ほらほら顔がブスになってるわよと人差し指で眉間の皺を突かれる。ここまでさらりとコンプレックスとも言うべきキーワードを使うこの友人は、事務所のスタッフ達と同じ意味で「イイ女」だと思う。

「ホワイトデーねぇ……」
摘み上げた雑誌のページには、黄色い頭の大型犬が不特定多数に向けて微笑んでいた。


っち〜〜〜!!」
こんな呼び方をするのは海常広しと言えでも唯一人だ。自分の背後から、その当人と同じ色をした声がする。

「……黄瀬。」
呼ばれたからには足を止め振り返らぬわけには行かず、溜息交じりに振り向けば今をときめくイケメンモデル・黄瀬涼太の姿。
その彼が散歩に喜ぶ大型犬よろしくこちらに向かって走ってくるところだった。

「探したんスよ!教室にも図書室にもいないから!ケータイでないし。」
「ごめん。職員室に居たから切ってた。どうかした?」
ぶぅ、と口を尖らす様すら絵になるから腹立たしい。理不尽にも一発殴りたくなったが、場所が場所だということを思い出してはぐっと堪える。

「そうそう!したんス!」
「だから何を。」
理由を言え、とクールに尋ねるに対し、一部で残念なイケメンモデルと評される黄瀬はますます口を尖らせた。

「酷いっスよ、っち〜もっとこう、カレカノらしい会話っつーか……」
「寝言は寝て言ってよね。あんただって暇じゃないんでしょ。確か、今日。笠松先輩達が部活に来る最後の日じゃなかったの?」
「そうなんス!流石っち!愛っスね!」
「…………」
だからどうしてそこで愛が出てくると思いつつも、言葉にするのは自粛した。会話が通じないのは今に始まったことでは無い。

「待ってヤメテそんなあからさまに呆れましたって顔しないでっち!つーか、そうじゃなくって!」
が、顔には出ていたらしい。必死に訳の分からぬことを弁解する黄瀬に、本日何度目になるか分からない溜息を吐く。
そんな彼女の様子に思いっきり慌てた黄瀬がわたわたと手を振りながら、これ!と何やらをに差し出した。

「……何?私に?」
「そうっス!ちょっと早いんスけど、ホワイトデーのお返しっス。」
「確かにちょっと早いけど……」
手渡された小さな紙袋には首を傾げた。日にちもさることながら、何故ホワイトデーのお返しを黄瀬から渡されなければならないのだろうか。約半月前のバレンタインデーは特に何もしなかった(ファンでも彼女でも無いのだから当然である。友チョコ?そんなものに予算を割けるほど、の財布の経済状態は芳しくは無い)と言うのに。

「渡す相手、間違ってない?私、黄瀬にバレンタインデーのチョコなんかあげなかったよ。」
「間違ってなんかないっス!確かにチョコは貰ってねっスけど、もっといーモン貰ったんで。」
「へ?」
素っ頓狂な声で聞き返したに、黄瀬はにやりと男っぽい笑みを作って見せた。雑誌で見せるものとは別の、恐らく彼の本質に近い――

「バレンタインの日に、夕飯食べに来ないかって誘ってくれたじゃないスか。しかも俺の好きなのばっか、夕食に作ってくれて。……忘れたとは言わせねっスよ。」
「……………」
その笑みから逃れるようにそっぽを向いたの顔は、耳まで赤い。
学校から徒歩約十分、バスケの練習で疲れ果てた黄瀬がの自宅に転がり込んで夕食を平らげて行くのは最早見慣れた光景だったが、その日だけは何故か彼女の口から直接誘われたのだ。無論二つ返事で快諾し、見えない尻尾をぶんぶん振ってお邪魔したところ。
自分の好物の数々が、食卓に鎮座して出迎えてくれたのだ。

素直じゃない彼女の、精一杯の気持ちだったのだと知って、チョコレートくれなかったなどと拗ねていた朝の自分をぶん殴りたくなったのは記憶に新しい。

「あれからお返し何がいいかなーってずっと考えてたんスけど。でも、昨日。撮影の帰りに、見つけて。ちょっと早いけど、でもやっぱり見つけちゃったら早く渡したくなって……」
何故か叱られた子供のようにどんどん尻すぼみになっていく声に、は視線を手元に落とす。小さくて、何の変哲も無い紙袋。

「……開けてもいい?」
念の為確認してみれば、ん。との小さな返事。何だろう、と正直ワクワクする気持ちは抑えられなかった。


「あ。」
ガサリ、とシールを剥がした紙袋から取り出したのはブランド物でもアクセサリーでもなかった。どこにでも売っていそうな、透明なビニールで包まれた――

「こんぺいとう。」
彩とりどりの星型のツブ。安い竹篭の中に詰め込まれた、甘くて懐かしい粒。

「前に、好きだって言ってたから。飾ってあった小さい頃の写真にも、金平糖持ってるっちが写ってたのあったし。」
たった一言呟いただけで、その先が続かないに何を思ったのか黄瀬が慌てて口を開く。実は内心しまった、と思っていた。黄瀬が自分がこれだと思っただけで、彼女が喜んでくれるとは限らないのだ。しかも、彼女がバレンタインにと用意してくれた御馳走とでははっきり言って掛かっている手間と金額が天と地ほどに差がある。

金平糖の袋を持ったままじっとそれを見ているの次の反応が怖くて、一度は口を開いたもののその先が続かない。身長差があるため、見えるのは彼女の旋毛だけ。どうしよう、笠松先輩助けて(ここで森山と胸中で呟かないあたり、可愛げが無いとどつかれるのだ)と早くもヘタレ根性が顔を出しかけた、次の瞬間。

「ありがとう、涼太……!すっごく嬉しい……!!」
安い飴の包みを胸に抱きしめ、満面の顔でが笑い掛けた。その言葉の通り、本当に心から嬉しそうに。

「え……う、うん?」
思わぬ言葉に黄瀬が疑問形で返してしまえば、それが伝わったのか本当だよ、と笑顔のままが続ける。

「大好きなの、こんぺいとう!嬉しい……うわ、本当に懐かしい……!」
誰だ、彼女をブスなどと評した奴は。
確かに華やかな容姿の母や姉とは全く似ていないが、こんな風に笑ってくれる彼女を――飴の一包みで心から喜んで、贈った自分を幸せにしてくれる恋人を。

ブスだと嘲笑うような奴が今、黄瀬の目の前に居たとしたら。全力でぶん殴ってやると断言する。


「……なんか、俺も。ホワイトデー、貰った気分っス……」
嬉しいけれど、複雑だ。複雑でも――嬉しい。

手放しで喜んでくれるを見ていて、体温が上がるのが分かる。
あ、今俺絶対顔がふやけた野菜みたいになってる(と、以前笠松やマネージャー(仕事の)にも言われた)と自覚した黄瀬は、モデルのプライドにかけてそれを晒すような真似はしなかった。

こんな情けない、勿体無い表情を見せるのは世界でただ一人でいい。

そう思いながら腕を伸ばし、未だ喜びを隠さない小さな身体をその中に閉じ込めた。普段なら即座に肘鉄が飛んでこようものだが、代わりに僅かに増した重みにやっぱり好きだなぁ、と胸中で小さく呟いて。

素早く額に落とした軽いキス。

――言わずもがな、返ってきたのは容赦ない肘鉄だった。