気を付けよう、甘い言葉と辛いワナ

 
「『危険、触るべからず』?」
何だこれはと床に落ちていたそれを拾ったクロムは、その箱の上部に書いてある但し書きに文字通り首を捻ったのだった。
みんなの部屋、と呼ばれている一種のその憩いの場には様々なものが収納されており、だがその反面わけの分からない物が落ちていたりもする。

そんな中で見つけた、不審としか言いようの無い何の変哲も無い箱だった。
自警団内で最も遺失物が多いのはヴェイクで、だがこれに関して言えば奴とは全く関係の無いものだと開く前から分かっている。何故ならば書かれている但し書きの文字が、異様に几帳面で達筆であったからだ。

「……触るなと言う程危険なものを落とすのもどうかと思うが……」
一体中身は何なんだ、と不思議に思ったクロムが箱を持ち上げ、色んな角度から透かし見てみるものの中身は全く窺う
ことはできず。(当たり前だ。きちんと包装されているのだから)持ち主を特定するためには、やはり包装を破らねばならないかとクロムが判断した、次の瞬間。

「クロムさん?」
と、慎重な作業が自警団一向かない男の名前を呼ぶ者が居た。

「どうし……っ!?」
た、、と続けようとしたクロムがその場で硬直する。
「クロムさんこそどうされたんです?」
硬直したクロムの視界に入ってきたのは紛うことなき軍師その人であり、この場に居ても何らおかしくの無い相手でもあった。だが。

「な……ななな何てかかか格好してるんだお前!?」
「格好……ですか?」
思わず目を疑った、ついでに大きく後方に飛び退いてしまったクロムに指摘され、は彼の言う自らの格好とやらに視線を落とした。

「……何かおかしいですか?」
「おかおかおかしいですかって……!いや、だから、その格好自体のことを言ってるんじゃなくて、いや、格好がだな……!」
挙動不審、の一言に尽きるクロムの指差す先には、鍋を抱えた軍師の姿が。
いや、鍋を抱えているだけなら問題は無い。疑問は残るが、問題は無いだろう。
――真正面から見えるその格好が、灰色のエプロンだけしか身に付けていないように見えるのを除いては。

「はぁ……特に特別な格好をしているつもりは無いんですが。」
確かに彼女の言う通り、別段おかしい恰好では無い。おかしいことでは無いのだが――

「だだだ誰だ!?お前にそんな格好させたのは!?」
動き難いからだろう、はいつも羽織っている外套を脱ぎその上からエプロンを着ている。そう、こちらもいつものあの活動的な――

「誰って……エプロンを貸して下さったのはヴェイクさんですよ。確かに意外でしたけど。エプロンの置き場所をご存じだなんて。」
あの野郎……っ、と拳を握り締めるクロムを、益々怪訝に思ったのかが再び首を傾げた。その仕草にうぐ、とくぐもった声がクロムの口から零れる。
普段外套の下に隠されている肢体を纏うのはノースリーブの上衣に、同じような色合いのショート・パンツ。だが今回に限って言えば、更にその上から胸当てが付いた身体の上下両方を覆うビブ・エプロンと呼ばれる極々一般的なものを着用している。色は灰色と地味の一言に過ぎるが、華美な装飾を嫌うクロムの贔屓目を差し引いてもよく似合っており……

「クロムさん?」
「いいいいいいいや!!な、なななんでもないぞ!?」
「はぁ……?」
そうクロム本人は言うが、挙動不審には違いない。それと同時に、本心も何でも無いところの騒ぎでは無いのだ。
今の自分の恰好を全く自覚していないに、それを口にすべきなのであろうか。否、口にしたが鍋の中身を文字通り全身で味合わされるような気がするのは、決してクロムの思い過ごしでは無い筈だ。
とは言え、自軍の軍師のこんなあられもない姿を人目に晒すのもクロム自身には許し難く――

「とととと言うかだな、。お前、何か用があったんじゃ……?」
「あ、はい。そうなんですよ。実は、今日私が炊事当番でして……」
結局話を逸らす、と言う消極的な方法しかとれなかったクロムにが我が意を得たりと頷く。

「リズさんが、一番こだわりがあるのがクロムさんだから味見してもらって来てくれ、と。」
「リズ……」
尤もらしい意見だが、その魂胆は丸見えだ。恐らくどこからか、事の成り行きをにやにやと見守っているのだろう。ヴェイクとリズとで。

(……覚えてろよ。)
あの二人が共謀すると碌なことが無い、とは誰の言だったか。それこそ兄と弟のような(注・リズはれっきとした淑女である)他愛ない悪戯を仕掛ける二人に、それぞれのお目付け役から雷(リアル)と小言(小一時間)を落としてもらおうとクロムは密かに誓った。

「そう言うわけでですね……」
パカ、と蓋を開けた鍋の中にはとろみのある真っ赤なスープ状のものに白い半固体の塊が浮いている。見慣れぬ色と鼻腔を刺激する匂いに思わず半歩後退してしまったクロムには気付かず、はエプロンのポケットから小皿を取り出し僅かにそれを取り分けた。おたまは持ってきた時と同じように、鍋のふちに引っ掛けてクロムに向き直る。

「味見、していただけませんか?」
こてん、と首を傾げたにがふっ!とわけの分からない悲鳴を上げてクロムが仰け反った。
その拍子に身体が棚にぶつかり、ばらばらと色々な物が頭上から降ってきてが慌てて鍋を庇ったりと色々騒がしくなったのだが、クロムにそれらに気を回す余裕は一切無く。

彼女がそういう意味で言ったのは理解している。理解はしているが、今現在クロムの視界を占めているの姿はそれ以外の意味を含んでいるような気がして――

「リズーーーーッ!!ヴェイクーーーーーーッ!!!」

王都・イーリスの喉かな昼下がりに、クロムの大絶叫が響き渡ったのだった。





とある別世界にて。

「おい……あれは結局どうしたんだ?」
「『異界の門』の中に放り込んだ。そうでもしなきゃ、何処に捨てても戻ってきそうな気がしてな……」
「そ、そう言う用途でしたっけ……?」
「つーか、誰だよ。クリスに手製の菓子で茶会なんつー自軍壊滅行為を吹き込んだのは……」
はぁ、とため息を吐く彼らの顔色は悪い。茶会はいつから命の心配をする場になったと、包丁を握るよりは剣を握って居た方が自軍の損失を弾き出さない我らが団長殿の顔を思い浮かべる。

先程何やら彼女が厨房で腕を揮って(正にこの表現が正しい)いるとの報告があり、次いで隊中に走った激震に急かされてその中核を担う彼らが絶望を未然に防ぐ為に派遣された訳なのだが――

「おっ待たせーー!クリス自信作の手製菓子よーー!!しっかし、変よねぇ。何で机の上に置いておいた筈の詰め合わせが、頭の上から降ってくるのかしら。しかも、あの変な魔方陣から。」


―――声なき悲鳴と絶叫が、アリティア中に響き渡ったのは言うまでもない。





 注:異界の門は、覚醒のみに出てくるアイテムです。ちなみに使用用途は全く違います。クリスの手製菓子も覚醒に出てくるアイテムです   が、使用者のHPと守備・魔防を上げてくれる大変ありがたいお菓子です。

 3000hit こんばんみ様より 
  自警団拠点にてみんなで、クリス(FE新紋章のマイユニ)の手製菓子の出所に疑問&ルフレの手製料理のギャグ話

 
 >>みんな、とあったのですがまだ出番の来ていない人が多かったのでちょっと人数絞らせて頂きました。(悪戯と言えばこの二人でし    ょう!)リクエストになっているかなーと不安ではあるのですが。ちなみに、鍋の中身は麻婆豆腐もどきです。FEの世界に麻婆豆腐    があるのか、と言う疑問はスルーでお願いします。楽しいリクエストありがとうございました!


 BACK