神剣闘技 ]Y

 
「「ファイアーッ!!」」
判定者の声が終わるや否や、若い女の声がカオス・ワーズと共に解き放たれた。
詠唱破棄、魔力一発勝負の理魔法が東フェリア陣営――ミリエルとから互いの対角線上へと撃ち放たれる。

「「!?」」
彼女らの狙いは――床!

敵の手前に違わず着弾した炎の塊は、石造りの床を砕き煙と礫を弾けさせた。視界を塞ぐ程の粉煙、西フェリアの選手達は咄嗟に急所を庇い息を止める。条件は互いに同じであろうに、と利かぬ視界に目を細めて気配を探る。

一発逆転を狙う為の目としては、あまりにも杜撰な攻撃――会場の大多数が、そう考えた。
しかし。

風の精霊(ジルフェ)!!」
再び若い娘の声が響いたかと思うと、あり得ない空気の奔流が突如として起こり一瞬にして粉煙を会場の外へと押し出して行く。
晴れた視界、会場中が僅かに離した視線を前方に戻した。
果たしてそこに現れたのは――


とミリエルの声が響いた瞬間、フレデリクらは走り出していた。
ファイアーの火球で石床を砕き、煙と礫を弾けさせたのは無論意図あってのことだ。

軍師から出されていた指示――開始直後に理魔法をぶちかますからとにかく煙に紛れて全力で走れ、と。
西フェリア陣営はこの攻撃による条件は同じだと考えているだろう。一つ憂慮すべきは相手側の魔道士の力量だったが、それも直前実際に目にしてみて確認できた。ある程度の実力はあれど、仕掛を覆す程では無い。

そう、こちらにはが――四大精霊達に愛された彼女がいるのだ。
粉煙の中、仲間達の視界や呼吸を保つことなど赤子の手を捻るより簡単なことで。

怯んだ者と踏み出した者。
広い闘技場内とは言え、それとて有限。騎馬や軽装歩兵、必要とあれば前者の力を借りてもいい。
魔法を撃ち出したもミリエルも、勿論その直後に飛び出していた。百メートルにも満たない距離を走り抜けば、見えてくる武骨な装備。

効かぬ視界に急所こそ庇っていたが、の採った策は不意を突いての各個撃破では無い。

「でぇぇいっ!!」
急発進急停止。
口から吐いた気合いと共に、彼女は居並ぶフェリア兵を力の限り蹴り倒したのだった。


「な………っ!!」
不自然且つ急激に晴れた視界。
それは観客席中段の貴賓席に居たフラヴィア達も同じであり、煙の中のから現れた光景に絶句するのもほぼ同時だった。

「んな――馬鹿な!?」
野太い男の声は恐らくこの会場にいる殆どの人間の疑問を代弁したものだろう。

彼の――この会場中の視線の集まる先に現れたのは、東フェリアの代表者達が西フェリアの代表達を床に叩き伏せそれぞれの得物を急所に突き付けている姿であった。
確かに数に劣る東フェリア側であっても、こうも完璧にその動きを縫い付けてしまえば数の優劣など最早大した意味を成さない。いつの間に、とは問うまでもなかろう。
あの外れた理魔法の初撃は、最初からこの為に――目眩ましと、距離を一気に詰める為にわざと外されたのだと誰しもが悟る。

「ぃよぉぉぉっし!!」
ヴェイクが本来の役目を綺麗に忘れて快済を叫ぶ。人数やその性別から仲間を嘲笑うような声がそこかしこから聞こえており、その度にスミアやカラムから止められていたのだ。ウチの軍師舐めんな、と声を大にして言ってやりたい。

「なるほどね……さすがだよ。あいつ、最初から試合にも勝負にも負け敗ける気は無かったってことか。」
「?」
フラヴィアの一人事に、たまたまその言葉を拾ったリズが首を傾げた。

「お、おい!あれ!」
どこかからの声に再び注意を前方へ移せば、西フェリア兵の喉元に鉄の剣を突き付けていた黒衣の魔道士がそのよく通るメゾ・アルトの声で叫ぶところだった。
サンダー、と。



事前に打ち合わせていた標的に対し、蹴り倒し、殴り飛ばしまたあるいは武器本来の用途とはかけ離れた使用方法でどつくなどして。屈強な兵のその殆どを床に叩き伏せたらの行動は、その後も実に迅速なものであった。

「………っ!?」
流石の至近距離であれば、自らの身に何が起こったかは理解できたであろう。常であれば反撃も不可能では無い彼らだったが、今回ばかりは相手が悪い。何しろ反撃に討って出ることを許すような時間と隙を与える、甘い面々では無いのだから。

剣が、槍が、弓が、魔道書が。
床に叩き伏せた相手に更なる追撃を加えた。打ち倒した相手の急所にそれぞれの得物を突き付けると言う、物騒な形で。
自分達の身に起こったことを鈍い衝撃と共に理解させられた直後、聞きなれない言葉(こえ)が西フェリア兵たちの耳朶を打つ。
そして、途端にクリアになる視界と呼吸。

西フェリアの面々は、そこでようやく自らの身に起こったことが陣営の殆どに及んだことを知る。殆ど、とは倒れた自分達の中で唯一微動だにせず立っている影を視界の端で捕らえたからだ。誰が、などとは考えるまでも無い。
自分達とは異なる装束に身を包んだ、蒼の青年。否、少年。

マルスと、クロムが互いに互いの顔を見つめたまま立っていた。

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