神剣闘技 ]X
クロムを先頭に東フェリア代表一行がその姿を現すと、会場内の熱狂が一際大きくなった。暗所に馴れた目に会場の篝火は少々明る過ぎたが、それも時間が経てば問題は無いだろう。
現に、クロム達と同じタイミングで入場してきた西側の選手達の姿を肉眼ではっきり識別できた。大柄な戦士を筆頭に、選ばれた者のみに許される鎧に身を堅めた者達が続々とその姿を現す。
こちらの殿を任せていたソールが完全に会場に姿を現すと、会場内のあちこちでどよめきが上がった。
「おい!東フェリアの数が少ねぇぞ!?」
「しかも女が混じってやがる!!」
あちこちから上がる野次にも近いざわめきにリズは辺りを見回したが、フラヴィアに視線で諭される。
彼女自身も出場する人数を減らすことはルールに抵触するかとから尋ねられた時は耳を疑ったが、その意図を聞いた後なら十分は納得できた。出場するクロム達には説明が成されているものと思うが、別行動を余儀なくされた妹姫は知らずとも仕方ないだろう。
「大丈夫、信じて見てておやり。」
フラヴィアの言葉に、リズは頷くことしかできなかったのである。
「……やはり向こうは限度いっぱいの人数できたか。」
「数の大小で圧すのが、戦場の鉄則でございますから。……クロム様。」
「あぁ、分かっている。フレデリク。まだ、数が足りない……の言っていた直前で代わったという剣士がまだ……」
いない、と呟こうとしたクロムの視線の先で、今しがた彼らが通ってきたのと同じような通路から一つの影が進み出てきて。
「……あいつは……!?」
蒼を纏った、仮面の少年――マルスが、迷いの無い足取りで驚愕の表情をするクロム達の前に悠然とその姿を現したのだった。
「一同、静粛に!!」
張り上げられたのは、四人の審判のうちの一人だった。東西から二人ずつ、公平を規すために互いの国がそれぞれ相手国の審判を選出、判定は彼らのそれぞれが行う。常ならば奇数人の判定者が必要とされそうなものだが、この国においてはその性質上偶数人であっても全く問題視されていない。
「これより!フェリアの次期国王を決する為の武闘大会を始める!選ばれし戦士達よ、前へ!!」
その声に従い、一列に並んだ戦士達が一斉に一歩前に進み出た。
「……クロム様。」
「あぁ。分かっている。そうか、あいつが変更になったと言う剣士か……さもありなん、と言いたいところだが……」
顔の大半を覆い隠す仮面のせいで、その表情は全く読めない。ふと、傍らのの様子を盗み見ればやはり彼女も同様全く表情を隠してしまっている。だが、伝わる気配から察するにあの時のような動揺はしていないようだった。
「両軍代表!前へ!」
一瞬だけ逸らした注意を前に戻し、一歩分戦列から離れたクロムとマルスが対峙する。決して大柄とは言えない体躯とは言え、こうして並ぶとその体格差が如実に分かってしまう。上背こそ頭一つ分程度しか差が無いが、身体の線は恐ろしく華奢だ。それでいながら一本の若木を思わせる、しなやかさを有していて。
「マルス、と言ったな。」
無言を貫く彼の人の前に進み出たクロムがそう呼べば、僅かに身動ぎが返る。
「いつぞやは世話になったが……まさか、こんなところで再会できるとは思っていなかった。」
反応からして別人である可能性は消えたと言えよう。最も別人であるとは最初から考えていなかったのだが。
「……お前には、色々聞きたいことがある。」
その華奢な身には不釣り合いな、大剣。その剣を軽々と振るい見せる、流麗な剣技――僅かに垣間見ただけだが、流れるようなその動きは恐ろしい程に見覚えがあった。
そして。
「あいつを――を、知っているのか?」
、と聞いた途端今までで最も顕著な反応――動揺が露になる。
背後の彼女からも、僅かに揺れる気配が伝わりしまった、と胸中で舌打ちする。この距離では会話など筒抜けだろうに。
「…………」
しかし返ってきたのは、沈黙のみで。予想はしていたものの、自らの失言が余計な混乱を招かなかったことに勝手ながらほっと胸を撫で下ろした。
「聞き及んでいるとは思うが、ルールは無い!だが、卑怯な真似をした者は永遠にその謗りを背負うこととなる!――両雄、握手を!」
クロムとマルスが再度歩み寄り、互いの手を握った。
――その一瞬で、互いが互いの力量を推し量る。特にマルスはクロムより確実に若いはずだ。だがそのまだ若い手のひらは、彼に勝るとも劣らずに堅い。剣を扱う者特有の、その堅さに相手の潜ってきた死線の数が伺い知れた。
「――聞きたいことは、他にもある。だが、今は東フェリアの代表として全力で勝たせてもらう!」
クロムの宣戦布告に、マルスの口端が僅かに動いた。
見間違いかもしれない、だがクロムが初めて見た感情の動きは彼を年相応――年より幼くすら――見せたのだった。
クロムとマルスがそれぞれの陣営に戻り、判定者が四隅四方へと立ち位置を定め一息吐いた。
掲げられる四本の腕。
それを見た選手たちの全身にぐっ、と力が籠る。
『始め!!』
こうして、闘いの火蓋は切って落とされたのである。