緑間真太郎氏の極めて不可思議な一日 2
「ごめんね、散らかってて。適当に座っててくれる?」
件の女性は緑間と高尾を茶の間に通すと、座布団を勧めて自分はどこぞに引っ込んでしまった。畳の間の、どこか郷愁を誘う部屋を見回しながら言われた通り腰を落ち着ける。
「な、何かさ。真ちゃん。」
「……何だ高尾。」
続く言葉が何となく予想できながらも、律儀に相槌を打つ。
「すっげー普通じゃね?俺、もっと占い師らしいトコ想像してたんだけど。」
「何だ、その占い師らしいと言うのは。」
「えー占い師らしいは占い師らしとしか言い様が無いんだけどなー」
ボキャブラリーの少ない奴め、と扱き下ろし、だが内心では高尾の意見に同意する。あの驚異の的中率を誇るおは朝占い師だ。(正確に言えば元)
もっと雰囲気のある部屋であったり、人物だと思っていた。
だが、蓋を開けて見れば街中で見かけるような普通の女性に普通の家。いや、後者に至っては古い感じの造りで珍しいのには違いなかったから。
「確かに否定はしないわね。ただ私から言わせてもらえば、別にそれらしい雰囲気造りなんて必要無いのよ。」
その声に勢いよく振り向けば、苦笑を讃えた家主がお茶を抱えて立っていた。
「!?」
「第一、不便じゃない。そんなこれ見よがしの装飾とか、さ。」
お茶を二人に出し終えると、彼女も腰を落ち着けた。そして改めて緑間達を前に、にっこりと微笑んだ。
「それに、貴方達は紛いものをわざわざ探しに来た訳じゃないでしょう?――特に緑間君は手を借りた彼女に、千円以上するスイーツを奢る約束までして。」
「!?」
緑間が絶句する。何故ならその通り――今回、彼女を手を借りるに当たってどこぞの甘味を奢ることを約束させられていたのだ。どうしてそれを、と思いながら彼女を見ればふ、と小さく笑う。
「分かるのよ。いろいろと、ね。まだお疑いなら、もう少し披露致しますが?」
どうする?と言外に訪ねてられ、緑間と高尾は顔を見合わせた。緑間からすれば十分、桃井に約束した件は高尾にも誰にも話していないのだ。知っているはずが、無い。
「んじゃ、見せて貰ってもいいっスか?」
が、高尾はそう思わなかったらしい。興味津々です、と言った表情を隠さずに身をちゃぶ台に乗り出している。
「それは別に構わないけど……」
「けど?あ、そだ。占い師のおねーさん、名前何て言うんスか?」
「あぁ、そう言えばまだ名乗って無かったわね。……そうね。、とでも呼んでくれる?」
「、さん?」
「はい、何でしょう高尾和成君。」
微妙な名乗り方に引っ掛かるものを感じた高尾が訝しげに名前を呼べば、わざわざフルネームで呼び返される。些かムッとした表情をしていたのか、後ろから頭を叩かれすぐさま犯人に食ってかかった。
「ちょっ!何すんだよ、真ちゃん!」
「喧しい。疑うのは勝手だが、失礼な真似はするな。――連れが失礼しました、、さん。」
「良いわよ〜まぁ一般的な反応だしね。ただまぁ、そこらのド三流や紛いものと同じ扱いされるのも業腹ね。――二人とも、ポケットの中のもの、出しなさいな。」
後半の僅かに硬くなった声音に驚きつつも、ポケット?と同時に首を傾げた。はそんな二人の前に片手を差し出し、ほれ早くと催促をする。
「ポケット?ポケットって……何かあったっけ。」
「……さっき駅で押し付けられた、ポケットティッシュ位しか入っていないぞ。」
因みに緑間は柔軟剤を使ったタオルしかタオルと認めていないのと同様に、カシミヤ入りティッシュしかティッシュとして認めていない。
「そう、それ。いーから二人とも、それ出しなさい。」
まぁ大したものでも無し、出せと言われれば言われたところで問題無いのだが。訳が分からんと思いつつ卓の上にポケットティッシュをそれぞれ目の前に置いた。それを確認した占い師はふむ、と一言呟くと前に置いていた湯飲みを持ち上げ、徐に口を開く。
「――緑間真太郎、身長195cm、体重79kg、7月7日生まれ、蟹座のB。父母妹の四人家族で座右の銘は、人事を尽くして天命を待つ。最近の悩み事は、好きなおしるこメーカーを扱ってる自販機が少なくなったこと。」
最後の下りで高尾が吹き出した。
「――高尾和成。身長176cm、体重65kg、11月21日生まれ、蠍座のO。同じく父母妹の四人家族で、座右の銘は人生楽しんだもの勝ち。最近の悩み事は、部室に出たゴキブリを先輩の忘れていったアイドル雑誌で咄嗟に叩き潰してしまったこと。」
最後の下りで犯人は貴様かぁぁ!と緑間が首を締めた。
「――と、まぁこんなとこかしら。信じて貰えた?」
本人しか預り知らぬ、又は知られたら確実に殺されることをにっこりあっさり暴露した張本人は、持っていた湯飲みを卓に置き、首を締め上げている緑間とおもいっきりもがきながらもこくこくと頷く高尾に向き直る。
「う、うぃっす。」
「流石はおは朝の占い師さんです。」
「元、ね。信じて貰えたなら、ま、いいでしょ。てなわけで、コレは貰っとくわね。」
ひょい、と摘まみ上げたのは先程緑間達が卓の上に置いたポケットティッシュ。別に惜しむようなものでは無いが、へ?と言うような表情をしているとが僅かに苦笑をこぼす。
「対価、よ。簡単とは言え、今貴方達に提供した占いのね。」
「え。あ、いや。別に惜しむつもりは無いんすけど……」
「納得いかない?まぁそうかもね。でもね、占いに限らず与えられたモノには須くそれに見合うだけの対価が要るの。」
「――いえ。正論だと思います。結果的に貴女のことを確かめようとした、その答えも含まれているのなら寧ろ安いくらいでは?」
「あら、緑間君は気前が良いのね。でも、あの程度ならさっきので十分よ。足りないのも駄目だけど、奪い過ぎても駄目。何事も過不足無く、それに見あった対価と結果を。そうでないとね、キズが付くから。」
傷?と揃って同じ方向に首を傾げる緑間と高尾に、そう、キズ、とが頷く。
「
にやり、と物騒に笑うに緑間と高尾の背筋に冷たいものが走る。ただ普通に相対しているだけだと言うのに、威圧されると言うか気圧されているのは確かだった。
「ま、さっきのは本当に簡単に見ただけだから。ポケットティッシュ位で済んだけど、本題は違うんでしょう?」
走った緊張と呪縛を、やはりの声が解く。彼女にそう促され、緑間も今日ここに来た理由を思い出した。
「はい。その、さんは……おは朝に占いを提供されていた……んですよね?」
「ええ。つい二週間位までだけど。」
「何故急に……」
「辞めたのかって?まぁ大した理由じゃないんだけど、番組プロデューサーの娘だか姪だかが占い師としてデビューしたから……したいから、かな。私との契約を打ち切りたい、と言うのが向こうの言い分ね。」
何だよそれ、と高尾が眉間に皺を寄せ緑間も難しい顔をして眼鏡のブリッジを押し上げた。
「割りとよくあることなんじゃないかな。まぁ一部、タレント化してる占い師さんがいるからそう思うんだけど。」
「下らないのだよ。」
「ほんとだよなーしかも中るならともかく、ぜんっぜん中らねーんじゃ意味ねーじゃん。この前の赤風船事件じゃねーけど、うちの真ちゃんに何かあったらどーしてくれんだよ。」
その呼び方を止めろ、と緑間が苦言を呈し、す、と目を細めたがああ、と納得したような声を出した。
「蟹座の大凶殺のこと?――そうね、あの日は太陽宮だけじゃなく緑間君には人生で一、二を争う厄日だったものね。」
「……わ、分かるんすか。」
「ええ。大変だったでしょう?」
「……はい。」
あの一歩間違えれば死んでいたかもしれない、赤風船事件はまだ記憶に新しい。
「それで、今日伺ったのは……」
「ああ、うん。いいよ、言わなくて。大体分かるから。」
「……え。やっぱり分かるんすか。」
「話の流れからね?で、結論なんだけど。」
大体、先を読んだとしたらまた対価が生じるではないか。
「こればっかりはねぇ。私の一存でどうなるものでも無いし……」
「やっぱり無理なんすか?」
「ちょーっと難しいと思うわ。緑間君には悪いけど、テレビに出られないからと言って困るわけでも無いし。」
さもありなん。本物の占い師であればわざわざ露骨な売名行為など必要は無いからな、と不本意な結果が返されたにも関わらず緑間は納得してしまう。緑間達の来訪を知っていたことといい、家族構成やらプロフィールやら、果ては誰にも言っていない細やかな悩みまで。(因みに高尾の悩みに関しては、後程みっちり問い詰める予定である。)
何より自分が信じているおは朝占いの占い師だ。別にテレビの仕事が無くなったところで、さして困るとは思えなかった。
「と……あら。今日だったんだ。」
「?」
「??」
さてどうしようか、と緑間が色々算段を考えていると不意に眼前の彼女から声が上がった。
何だ何だと高尾と顔を見合わせれば、その声と共にが立ち上がる。
「ごめんね、折角来て貰ったのにちょっと厄介な客が来そうなの。」
「あ、いえ。こちらこそ、アポイントも無く来てしまって……」
「え。つか、来そう?」
未確定なニュアンスの言葉に高尾が反応すれば、はそうねと続ける。
「――ちょっと日が悪い……ん、だけど。まぁ、これも必然か。どうする?」
「ど……どうするって?」
「もし少し待ってくれるなら、多分占いの件は何とかなる――できる、と思うわ。勿論対価は頂くけど。ただ、私はあまりお勧めしないと言わせて。確かに縁はできてしまったけど、今ならまだ浅傷で済むもの。」
「あ、浅傷って……」
威圧感すら目の前の女性から感じ取った高尾が、僅かに身を引いた。何処にでも居そうな、一見普通の女性だと言うのに。
「……高尾。お前は帰っていいぞ。」
「真ちゃん?」
「俺は何と言われようと残るがな。彼女の占いには、それだけの価値がある。」
「か、価値って真ちゃん……」
たかが占いじゃん、との言葉は飲み込んだ。あの赤風船事件然り、目の前に居る女性然り。
好奇心は猫をも殺す、と言うが人生は一度切り楽しんだもの勝ちが信条の自分だ。ここで緑間を置いて逃げれば、高尾和成男が廃る。
「こらこら二人とも。そんな物騒なコト、考え無いでちょうだい。――関わり合いにならないなら、ならないで越したことは無いと言うだけなんだからね。例え縁ができてしまっても、それを選ばないのは誰もが持つ権利でしょうから……と。来たみたい。ああ、貴方達はここに居て。それと、洗面所はここを出て、左の突き当たりね。」
言うが早いか立ち上がったは、緑間と高尾を残し部屋を出て行く。残された二人は一度顔を見合わせると、同時に深い息を吐いた。
「つか、なーんか嫌な予感がするんだけど?」
「だったら帰れ。彼女も言っていただろう、帰っても構わんと。」
「え〜真ちゃん放っといて帰れねっつの。宮地さんにバレたら往復で轢かれるって。」
別に宮地が恐いわけでは無いが、放っておけない理由を正直に言うのも癪だ。
ただ、高尾が喋らずともこう言ったことに聡い緑間にはバレバレかもしれないが。
秀徳の誇る凸凹コンビが、そうアイコンタクトを取った次の瞬間だった。
「……珍しいな、客か。」
ふと気が緩んだその瞬間を狙いすましたような低い声に飛び上がってしまったのは、この際仕方のないことだと見逃して欲しい。