新たなる歴史 W
「……さて、一体これはどういうことなのか。説明していただきましょうか、クロムさん。」
さほど大きい規模の町では無いながら、山賊連中が景気よくぶち壊してくれたおかげで一旦体勢を整えるだけの場所を確保することができた。
そこに居並ぶ、クロム・リズ・フレデリク。そしてその三人を見下ろすような格好で、が仁王立ちをしている。
「いや…だから……その……」
「つまり町の惨状に切れて一人で突っ込んで危うく殺される所だった、と。」
まるで見ていたような(途中からは確かに見ていたが)、的確な現状把握に思わずクロムが首を竦める。助かって僅かなりとも気が抜けている状態で、彼女の追及を逃れる自信は無かった。
「………すまん。」
だからこそ潔くかつ早急に白旗を上げたのだが、生憎と相手はそれを素直に認めてくれるような優しい性格をしておらず、
「すまんで済んだら、自警団は要りません。第一、フレデリクさん?貴方が付いていながら、何故クロムさんを独断専行をさせることになったんです?」
「は、真に申し訳なく……」
「だから申し訳ないで済んだら、自警団も軍師も要らなくなるでしょう。皆さん、廃業なされるおつもりですか?」
「あ、あのね。さん……」
「そんな真っ青な顔した方は黙ってらっしゃい。戦場の空気に慣れていないなら慣れていないで、取れる行動があったはずでしょう、リズさん。」
リズまで切って捨てられたことを受けて、三者三様極限なまでに身体を小さくする。どこをどうやったのかは知らないが、彼女が駆けつけてくれたおかげでクロムは命拾いをしたのだ。
まったく、とがため息と共に呟く。
「嫌な予感がしてきてみれば、自警団の団長が一人でつっ走って殺される寸前。その補佐をすべき副団長は、戦場に慣れていない後方支援のシスターのことで手一杯。……いったい、なにを、かんがえてるんですか、あなたがたはっ!!」
びりびりと鼓膜を震わせる怒声に、クロムとフレデリクは首を竦め、リズなどもう半泣きだ。
一切合財、反論できる余地が無いのが尚のこと辛い。
「すまん、その……。反省、している。」
「反省じゃ困ります。猛省してください。」
駄目だ、口では勝てないと肩を落としたクロムがそろそろと視線を上げた。そこには果たして、片手で顔を覆った小柄な姿が――表情は伺わせず、だが声の伴わない呟きを紡ぐ。
間に合ってよかった、と。
声にならない言葉を目にしたクロムは反射的に立ち上がり、気配に気づいて顔を上げたと真正面から向き合う形になった。赤くなった目元や鼻の頭を見て、泣かせてしまったと手を伸ばしかけ――
「本当にすまなかった。その……あの光景を目の当たりにして、頭を殴られたような、こう、かーっと頭に血が……」
「……もう、いいです。そもそも、私がいけないんですし。……私こそ八つ当たりしたりして、すいませんでした。」
気持ちを落ち着かせる時の癖なのか、大きく一つ息を吐いたが顔を背ける。
途中で我に返ったクロムは、伸ばしかけた手を宙に浮かせながらそんな彼女に愁眉を顰めた。
「怪我は、無いんですね?」
泣き顔を見られたくないのか、クロムから頑なに顔を逸らしたままのが横目で尋ねる。
何故彼女が謝るのか納得できないながらも、クロムはとりあえず頷いた。
むしろ彼には頬や腕に細かな切り傷や擦り傷を負った彼女の方がよほど重傷に見えた。一つ一つの傷は小さくとも、肌の露出している部分に多数あればどうしたって目立つ。
「。お前こそ、その怪我はどうしたんだ?」
「え、怪我!?」
彼女の怒気が薄れたのはリズも感じたのだろう、怪我と聞いてクロムと同じように立ち上がる。
「ホントだ。小さいけど、いっぱいある……やだ、顔にも!ちょ、ちょっと待って今ライブかけるから!」
一行唯一の癒し手であるリズが、怪我の状態を見て慌てて荷物から癒しの杖を引っ張り出す。顔、と聞いたフレデリクも顔を上げ、クロムと同じように眉をしかめた。
「薄い刃物で付けた傷に似ていますが……もしや、木の葉で切られたのですか?」
未だ全身木の葉塗れの姿に、思い当った可能性の一つを口にする。
「えぇ、まぁ……とても普通に後を追ったんじゃ間に合わないと思ったんで、森の中を突っ切ったんです。地形から言って、町の中腹辺り……上手くすれば、ど真ん中に出られると思ったので。」
「森の中を……」
「突っ切った!?」
一歩間違えば遭難するんだぞ!?とクロムが叫べば、ええでも間違えなければ最短で辿りつけますから、とさらりと流す。
「何て無茶を……」
「勝算のある行動は他人からどう見えようと、無茶とは言わないんですよフレデリクさん。無茶と言うのは、さっきのクロムさんみたいな行動を言うんです。」
それに関しては全く異論の無いフレデリクが即座に頷く。流石にあの時は胆が冷えたどころ騒ぎではなかったのだから。
「ちょっと二人とも退いて!ライブかけるから!」
漸くライブの杖を引っ張り出してきたリズが、細身の魔杖を構える。はすみません、と一言断り彼女の正面に立った。
「……慈しみ溢れる我が主、傷つき迷えたる汝が僕にその恩賜を与えたまえ。……ライブ!」
リズの『ちからある言葉』に手にした魔杖が速やかに応える。柔らかく、暖かなオレンジ色の光が杖から発せられ対象となったの身体を包み込んだ。
「……ありがとうございます、リズさん。」
ライブの魔杖により全身の傷が癒えて行くのを感じながら、ほぅ、と一息つく。実は地味な痛みに辟易していたのだ。
「大丈夫?全部治った?」
「はい。元々かすり傷だけでしたし。お手を煩わせました」
「んーん。さんがいてくれたから、お兄ちゃん無事だったんだもん。お礼を言うのはこっちのほう。それに、これが私の戦い方だし。」
え?と目を丸くしたに、照れくさそうにリズが続ける。
「前にさんが言ってくれたでしょ?戦い方は人、それぞれだって。私、それ聞いてすっごく嬉しかったの。分かってくれる人は分かってくれるんだなぁって。……あ、お兄ちゃんが分かってくれないって言ってるわけじゃないよ。頭が固いのは本当だけど。」
「悪かったな。」
クロムさん、とこれは。
「だから、もう大丈夫。ちょっとびっくりしちゃったけど、ちゃんと私、戦えるよ。」
「………」
なるほど、とは内心で頷いた。つまり、ここで引く気は無い、ということか、と。
クロムやフレデリクはリズを子供扱いしがちだが、中々どうして機先を制するあたり、知略・戦略、交渉ごとには向いているのかもしれない。
「……分かりました。時にクロムさん、そろそろ頭は冷えましたか?」
頷いたに唐突に水を向けられたクロムが、一瞬言葉に詰まる。
「あ……あーいや、あぁ、大丈夫だ。大丈夫、俺は至って………」
「……………」
咄嗟に視線を逃がしたクロムに、の眉間がぴくりと反応する。ちらりとフレデリクの方を見やれば、小さく頭を横に振るという答えが返ってきた。
それを受けたは、はぁ、と息を一つ吐き逃げた視線の真っ正面に回り込んだ。
時間と手間を惜しんでいる場合では無い。今、ここできちんとケリを付けなければ、今後更に状況は悪化するだろう。
「クロムさん。嘘を吐くなら、もう少し上手く吐いて下さい。」
「な。嘘なんかじゃ………!」
無い、と反論しようとしたところをの視線に絡め取られてしまった。これは――まずい。
「そうですか?では、何があったんです。貴方は確かに直情型の帰来はありますが、考えなしに突っ込むほど馬鹿でも無いはずです。」
何かあったのなら、今ここで全てを吐き出せと真っ直ぐな視線が告げる。暫くあーだのうーだのと無駄な抵抗を続けていたクロムだったが、無言の圧力に渋々口を割った。
「子供が。」
告げるべき言葉を探しながら、けれど再度それを見失って。
は辛抱強く、彼の言葉を待った。クロムが自身の言葉で語るのを。
「町に入って……すぐ、さっきの連中を見つけた。腕はともかく……数が、いたからな。どう、攻めるべきかと、様子を窺って……連中の手にあるのが、武器だけじゃないと……」
激昂したのはそれが何だかに気づき、飛び出しかけた次の瞬間だった。
「……手を、伸ばしたが……届かなく、て、な。」
固い石畳に叩きつけられたのは、まだ十にも満たないような子供だった。
まるで遊び飽きた人形のように打ち捨てられた小さな身体。ピクリとも動かないその姿に、考えるよりも早く身体が動いていた。
「……叩きつけられたのなら、痛みを感じる暇も無かったでしょう。」
「……っ、そう言う問題じゃ……ッ!」
直情型と言われても否定できないクロムだが、決して愚かでは無い。だが感情を調整する術を身に付けなければ、また同じことを繰り返すだろう。――そしてそれは、彼の死に直結する。
自分がいつまでも傍に居られるわけでもないのだから。
チクリ、と胸を刺した痛みに気付かない振りをして、は真っ直ぐクロムを見据えた。
「……百歩譲って、」
静かな声でクロムの反論を遮る。まだ自らの力で割り切れぬというのなら、自分が断ち切ってやろう。
「その子供が生きていて、クロムさんが助けて出せたとしましょう。」
確かに間に合ったかもしれない、それは可能性の一つだけれども。
「子供は助かっても、貴方はまず間違い無く死んでいました。」
「………」
「私があの場に間に合ったのは、本当にたまたま……貴方の運が強かったからです。何か一つでも違えば、例え私があの場に間に合ったとしても貴方は死んでいたでしょう。何かを、誰かを庇いながら撤退する余裕はありませんでしたから。」
私の俊巡も原因だったことは謝罪しますが、と心の中で付け加える。
「クロムさん、貴方の肩に掛かっているものはそんなに軽いものですか?たった一人の子供の命と比べられるほど、安いものですか?」
酷なのは百も承知だ。多数の為に小数を犠牲にしろと言っているのも同然、だが目の前の情に流されて大局を見失うようでは指揮官は務まらない。
「指揮官の仕事は、責任を取ること。そして、決断することです。貴方の決断がひいては大勢の生死に関わること知らないわけでは無いんでしょう?」
「あぁ……」
「だったら、」
「だが!」
憤りも手伝って、クロムの声も荒くなる。
「守りたかったんだ!手が届いたかもしれない、守れたかもしれない!無力に泣くのは、一度切りで充分だ!」
「無力の、どこが悪いんです。」
の視線はどこまでも真っ直ぐで、クロムに逃げることを赦さない。
「どんなに強くとも、人一人が出来ることなんて限られてます。もし自分が全てを救えるなんて思っているなら、早々に指揮官を辞めるべきです。部下を無駄死にさせるだけですからね。」
「さん!」
「外野は黙っていて下さい!いいですか、クロムさん。私が腹を立てているのは、貴方が甘っちょろいことを言っているからじゃありません!守りたいものがあるなら、何故それを一人でやろうとするんです!一人で何もかもを守れるなんて、思い上がり以外の何物でもないでしょう!」
「………」
「知らないとは言わせません。だからこそ、貴方は自警団と言う組織を作ったんでしょう?……人一人が出来ることが限られているなら、何故周囲を見ないんです。何故、貴方は自ら自警団を作ったんです?……大切なのは、自分が無力だと言うことを知っていること。そして、忘れないことです。何の為にフレデリクさんが、リズさんが……私がいると思ってるんです。」
私、と聞いたクロムが、反射的にその相手と視線を合わせた。が片方の眉だけをピン、と器用に跳ね上げる。
「何ですか、その鳩が豆鉄砲を喰らったような間抜けな顔は。」
「あ……いや、その……」
「……それとも、私の力はご不要ですか?クロムさん。」
ふ、と悪戯っぽく微笑めば、クロムがおずおずと口を開く。
「だが……危険、だぞ?」
「そんなこと言われるまでもありません。」
戦場に安全な場所などあるなら、是非ともお目にかかりたい。
「お前には戦う理由なんて無いんだろう?だから、あの時迷った。」
「確かにありませんが、借りを返す理由はあります。」
やっぱり馬鹿ではありませんね、と遅参した理由を見抜かれて自嘲する。
「勝てる保障なんて……」
「無ければ作ればいいんです。その為に私が居るんですから。いいですか、クロムさん。もう一度伺います。私は――私の力はご不要ですか?」
剣や魔法のことでは無い。どこまでも冷静で――クロムの迷いを断ち切った彼女の存在が必要かなど考えるまでも無い。
「………頼む。力を、貸してくれるか。」
「仰せのままに、
芝居がかった口調と仕草で、優雅な礼をしてみせる。それを見たクロムの身体から漸く、張り詰めていた力が抜けた。
「……さん。」
「分かってますよ、リズさん。貴女にもちゃんと協力していただきます。それでなくとも少ない戦力なんです、遊ばせておく余裕なんて無いんですから。」
「うん、任せて!私、頑張る!」
張り切るリズとは対象的に、フレデリクは物言いたげな表情をするがは敢えて気付かない振りをした。戦力云々も事実だが、彼女には彼女なりの戦う理由があるのだ。その意志を無下にするつもりはない。
「さて。では、まず敵戦力の確認といきましょうか。」
「俺が一人、お前が一人。残っていたのは四人だったが……」
「それだけとも限りません。ちょっと手間ですけど、慎重に行きましょう。クロムさん、ちょっと離れてください。」
「?」
拳一個分の距離から、更に一歩が離れた。何を、と言いかけたクロムを制し呼吸を整える。
「リズさん、フレデリクさんと手を繋いで頂けますか。」
「は?」
「さん?」
「説明は後でしますから、とっとと繋ぐ!」
「「はいっ!!」」
その鋭い声反射的に動いたリズとフレデリクが互いの手を握る。
一瞬後我に返ったリズが頬を僅かに染めたが、その全てを置いておいて一つ、大きく息を吸う。
――大丈夫、記憶が無くても身体が覚えている。
「……おいで。」
がそう、小さく呟いた瞬間だった。
「!?」
ふわり、との身体が僅かに宙に浮いた。半眼のまま、全身の感覚を研ぎ澄ます。
視覚では無い、もっと自由で鋭敏な意識でもって『それ』を視る。
(………)
眼前のクロム達では無い何かに焦点を合わせながら、左手をクロムに向けて差し出す。言葉は無くともその意思は伝わったのだろう、躊躇い無くその手が重ねられた。
(………!?)
瞬間、クロムの意識はのそれに、否、彼女が視ているものと重なった。肉体の枷を外れ、縦横無尽に走るそれ。
眼下に広がる焼けた町、何かを探し回る男達、一ヶ所に集まって震えている町人達……
通常の視界とは違う、360度開けたそれの視界。一瞬たりとも同じ場所に留まっていないのに、じっと観察したあとのような明確な映像。途方も無い情報量に眩暈を覚えるも、直ぐに自身の得た情報として処理されてしまう。
どこまでも行けそうな高揚感、文字通り風に溶けてしまいそうな――
(あいつ!!)
だが、その高揚も長くは続かない。
『クロム』がその中の一つ、見覚えのある影に気付き感情を荒立ててしまったのだ。
(!?)
はっと、我に返るももう遅い。溶け込んだそれから弾かれるようにして、自身の感覚に全てが戻る。
「……っ!今の、は……?」
「……良かった、ちゃんと視えましたか。」
急激な感覚の変化に戸惑いながらも、クロムはしっかり頷く。ほっとしたようなは、もう一方リズとフレデリクに視線を向けた。
「何でしょう、今まで味わったことの無い感覚でしたが……」
「そうだと思い……リズさん?」
起き抜けのような顔をしているフレデリクとは対照的に、リズは若干俯き加減でその表情を伺わせない。気分でも悪くしたのかと、フレデリクが声を掛けようとし、
「すごーいっ!すごい、すごいっ!今のって、空気……うぅん、
跳びはねんばかりのリズの様子に、逆に面食らっていた。
「お分かりになりましたか。」
「分かるよ、だって空からの視点なんてそれ以外に考えられないもん!すごい、私初めて!!」
すごい、を連呼する妹に、確かに凄いとは思うが彼女ほど感動を覚えなかった兄があっさりと尋ねた。
「確かに便利とは思うが、そこまで興奮することなのか?」
魔法理論に疎い兄(それでも一通り座学は受けているはずなのだが)を、リズはおもいっきり睨み付ける。
「信じらんない!いくら魔法に疎くてもそんなこと言えるなんて!」
しかも便利って何、便利って!と憤るリズに対し、クロムはたじたじだ。まぁまぁ、とが宥める。
「なるほど、だから無事に森を通過できたのですね。」
「えぇ。特に人の手の入っていない森は、
最もあれだけ時間を短縮できたのは、それだけが理由ではないでしょうけど、とは心の中で付け加える。
深い森の匂いが呼び覚ました僅かな記憶は、それを確信させるには十分だった。
フレデリクは顎に手をやりながらしきりに感心しているが、ふとはずっと気になっていたことを口にした。
「あの、気分が悪いとかはありませんか?」
「いえ。確かに初めて体験する感覚で身体に若干の違和感はありますが、問題はありません。」
「そうですか。口で説明するより実際体験した方が早いし受け入れ易いと思ったので、敢えて説明しなかったのですが。」
「危険なことが?」
「いいえ。身構えたり、緊張してたりすると伝わらないことはありますが。そもそも、自覚をしないだけで精霊は常に私達の側に居るんです。そのことを感じる感じないは、個人の資質が大きく関係してきますが……」
「その資質とは?」
「細かく上げればキリがありませんが、大雑把に言えば魔力です。リズさんとフレデリクさんに手を繋いでいただいたのも、彼女を媒介になら貴方にも伝えられると踏んだので。」
フレデリクの質問は、決して興味本位のものばかりでは無いだろう。決して良い気分では無いが、必要なことだ。僅かな間だけでも共に戦うならそれ相応に信用はしてもらわないと、戦局に影響を及ぼし兼ねない。
「戦うことも、
自嘲気味に呟くに、自身の不躾さに気付いたフレデリクはそんなことは、と口にしようとする。
彼女の素性が何であれ、クロムの窮地を救って貰ったこと、そして賊の討伐に助力して貰うことは確かなのだから。
「ですが、今だけでも信用して頂けませんか?見た限り賊の個々の能力は高くなさそうですが、やはり少々数が多い。戦術の基本は、多数で小数を攻めることです。絶対的優位なんてことはどんな状況下でもありませんが、攻撃に転じられる数が少ないこちらが不利であることには変わりありませんからね。」
「……こちらに勝ち目は少ないと?」
「そうは言っていません。真の強者とは万に一つの好機を掴むものです。気味が悪いのは承知していますが、ここは私を信用して頂きたいんです。」
「……失礼、態度に出ておりましたね。」
「当然のことですし、気にはしていません。ですが、互いが目的を同じとする以上、ある程度の信用関係は必要ですから。」
気にしていないとが苦笑してもフレデリクは眉間の皺を消さない。何処までも生真面目な男だ、と感心しながら同時に生き難い男でもあるんだろうなと心中で呟く。出会って間もないが、そう的外れな評価では無いだろう。
「ちょっと待って!」
兄に詰め寄っていたリズが、会話を聞き咎めたのか矛先をこちらに向ける。
「気味が悪いって、そんなこと無いんだからね!精霊の声を聞いたり、姿を視るのは誰にでもできることじゃないんだから!私に魔法理論を教えてくれた先生だって、精々その存在を僅かに感じる程度だったし、その声を聞くことができることは物凄く貴重で、機会に恵まれるのは僥倖だって言ってたもん!」
ぷんすかと自分のことのように怒りを顕にするリズに、目元を和ませながらありがとうございますとが礼を言う。妹の剣幕から逃れたクロムも、有能なんだが頭が固いのが玉に傷でな、と部下のフォローした。フォローになっているかどうかは別として。
「奔放なご兄妹の守り役なんですから、差し引きゼロ、ってところですよ。……さて。」
はつい、と虚空に視線を向けると、表情を一変させクロム達の顔を見渡した。
「……しびれを切らした方々が、一ヶ所に集まってくれたようですね。教会の前あたり、数は五。頭目を筆頭に、装備品は手斧等々……先ほど『視た』映像は各自頭に残ってますね?」
「あぁ。」
「はい。」
「もちろん!」
よろしい、と一つ頷いたが適当に拾った木の枝で地面に簡単な図を轢いた。
「我々が身を潜めているのがここ。連中が固まっているのが、ここです。景気良く壁や塀を壊してくれたお陰で、身を潜めながら近付くのに難しいことはありません。最短ルートを突っ切って、奇襲をかけさせて頂きましょう。」
教会の正面辺り、その一ヶ所をトントンと示し簡単かつ大胆な作戦を提示する。
「リズ様はこちらに残って頂いた方が、安全ではありませんか?」
「野盗と化すのは、何も野盗に限ったことではありませんから。陣幕を張っているならいざ知らず、安全の確信が取れない以上リズさんにとっても私達にとっても手の届く場所に居て頂いた方が安心です。それに、彼女の癒しの杖は十分戦力になりますからね。」
咄嗟に喰ってかかるところだったリズが、肩を竦めたに力強く首肯する。
「接近するルートはどうするんだ、?」
「二手に別れます。クロムさんと私は、こう……瓦礫の間を縫ってこちらから。フレデリクさんとリズさんは騎乗して頂いて、此処で待機を。合図を上げますから、一気に攻め込んで下さい。」
歩兵の利、騎馬の利それぞれを生かした戦術にそれぞれが頷く。元々賊に遅れをとるような面子では無いのだ。頭の冷えている、状況をきちんと吟味した上ならばまず負ける要因は見当たらない。
「……薄々思っていたんだが、お前は軍師だったのかもしれんな。」
戦闘準備を、とサンダーの魔術書を取り出したに向けて、ぽつりとクロムが洩らす。戦闘の組み立て方一つ取っても、素人のそれでは無い。
「かもしれませんが、それは後回しにします。今は、眼前の敵に集中することが第一ですから。」
確かにな、とクロムは苦笑し腰のファルシオンを抜き放つ。
「今は、な。」
戦の高揚感に囚われた、蒼い剣士が薄く笑う。
――反撃の、時間だ。