新たなる歴史 X
「クソッ!何処に行きやがった、あの連中は!!」
舐めた真似をしてくれた若造と小娘、手下の追撃を翻した連中の行方が全く掴めずゲリパは手にした斧を苛立ち紛れに地面に叩きつけた。
「何処も瓦礫だらけですから、隠れる場所には事欠ねぇんでさぁお頭。」
「んなこたぁ言われんでも分かってる!」
何しろその瓦礫を作りだしたのは、他でも無い自分達である。その結果ネズミが身を潜める場を提供してしまったとしても、その責任を負う者などここには居ないのだ。
奪うものは粗方奪い、殺せる者はほぼ殺した。目的は達したと言えよう――自分達が得た利を除いても。
だが、思わぬ誤算も出た。唐突に現れた若造と小娘、部下からの報告によれば大層な重騎士と子供のような若い娘も居たらしいが、その連中がよりにもよって反撃などという小賢しい真似をしてきたのだ。元から町に居たわけでは無いだろう。この町が雇った傭兵は、自分達の手に掛りいの一番にその命を落としている。
前者の若造と小娘のせいで、二人も手下が死んだ。――どうせ替えの利く駒、死んだことはどうでもいいが、殺されたことには黙っていられない。ここであの若造どもを逃がしてしまえば、自分の頭目としての沽券に係わる。男は殺し、女は売り払い――と頭の中で算段をつけていると、部下の一人がおずおずと進言してきた。
「あの、お頭……」
「なんだ?」
まだ居たのか、と顔を上げれば探索に疲れて出戻ってきていた、他の手下の顔も見える。怒鳴りつけて探索に戻らせることは簡単だが、一旦報告を聞くのも悪くは無い。
「あの……あの、剣士風の若造なんですが……」
「なんだ。ごっちゃごちゃ言わず、はっきり言いやがれ。」
はぁ、とどこかオドオドしながら口を開く。
「いや、その……俺からは、よく見えなかったんスが、あの若造、右の肩に痣みたいな文様がありやせんでしたか?」
「痣だぁ?」
問われて、眉根を寄せる。肩当てに覆われたのは左腕、利き手なのであろう右手に握られた大振りの剣と――
「……言われてみりゃああった気はするが、それがなんだってんだ。」
他の手下達もなんだなんだと集まってくる。対峙した者は確かにあったといい、対峙しなかったものがそれがなんだと口にする。
「お、俺も実際に見たわけじゃねぇんですが……この国の王子が、自ら自警団を組織してその陣頭指揮を執っているってぇ話を小耳に挟みまして……」
「何だと!?」
思わず尋ね返したゲリパだったが、いや待てよと自身も記憶の糸を手繰る。もし手下の話が本当なら一大事だ。
この国の王子、自分達の国と長く諍い関係にある一族の直系卑属。それがこんな辺境にとの疑いは残るが、真実であれば国を揺るがしかねない大事だ。
「確かそいつの名前は―――」
頭を捻ってその名を思い出そうとしている手下を尻目に、打算と欲に忠実なゲリパは膨れ上がる期待に狂喜した。
生捕が最も望ましいが、最悪殺してしまってもその首を持ち帰れれば一躍自分の名が国中に響き渡る。
折よく手下どもも探索を放棄して戻ってきている、草の根を分けてでも探し出し生捕にせよと命令を―――
「……空に盈る精霊よ、天駆ける我が同胞よ!交わされし盟約のもと、炎雷の魔女たる我がここに願う!偉大なる汝らの意志と力。常に流れ、留まることを知らぬ大いなる奔流。その力を以て、我が敵尽くを打ち倒すべし!サンダーッ!!」
若い女の声、こいつには聞き覚えが――と振り向いたゲリパの目の前で、名前を思い出そうとしていた手下の頭が一瞬で炭化した。
頭部を失った、かつて手下だった男の身体は二、三度痙攣すると音も無く地面に崩れ落ちる。
「な……ッ!?」
魔法だ、と頭が理解するより早く血風が別の手下を襲う。
「今です、クロムさん!!」
「あぁ!!」
笠懸に一人、下段から一人、味方である魔道士は目を灼く光に飲まれて消えた。
「ば、馬鹿な……ッ!?」
たった一瞬だ。
たった一瞬で、四人いた手下が物言わぬ骸になり果てた。
血の滴る大剣を構えた男、左手に魔道書を持ち右手に雷を纏わせた女――
「クロム様!」
「さん!!」
その二人と覚しき名を叫ぶ、重騎士と少女――
これは逃げられない、と敗北の二文字がゲリパの脳裏を走るが、それでも黙って殺されるわけにはいかない。自分は一角の将――そう、呼ぶにはあまりにも小規模だが――頭目なのだから。
「ようやく出て来たか青二才!!臆病風に吹かれて、家に逃げ帰ったかと思ったぜ!」
「……そういうお前こそ、さっさと逃げておくべきだったな。欲をかいて引き際を誤った、お前の負けだ!!」
安い挑発に乗るような愚は犯さない。乗ったら最後、隣で油断なくサンダーの魔道書を構えている女軍師の容赦無い蹴りが飛んでくるであろうから。(ここに至る道すがら、にっこりと笑顔つきで言われたのである。遠慮なくやってくださって構いませんよ、暴走されたら一撃入れて目を覚まさせて差し上げますから、と。)
「ぐははは、言うな若造!だが俺に逆らうヤツは皆殺しと相場が決まってるんだよ!!」
言うや否や、体重をかけた一撃をクロムに見舞う。しかしクロムもも全く意に介さず、雑なその断ち筋を軽いフットワークで難なく躱した。大振りの一撃、隙だらけの胴をすかさずクロムが真横に薙ぐ。
「まだです!」
「わかってる!」
クロムの一撃は浅く、僅かに腹を薙いだだけ。だが、体勢を崩させるには十分だった。
「貴様らに殺された人々の恨みだ!!」
気炎を吐いたクロムの一撃が、ゲリパの頭上――真上から一閃、振り下ろされる。
「そ……イ……の……は……」
意味を成さない数個の言葉の羅列が――ゲリパと言う名の男の最期の言葉だった。
全てを見届けたは肩で息をするクロムに近づくと、その肩にぽん、と右手を置いて微笑みかけた。
例え生きるに値しない輩でも、人が人を殺めると言うのは身体の奥底に眠る禁忌に抵触する。分かっていても、否、分かっているからこその微笑みであり、労いだった。それを受けたクロムの肩からふ、と力が抜け、握りしめていたファルシオンの感覚が手に戻ってくる。
「終わりましたね。」
「そうだな。」
血糊を拭い、ファルシオンを鞘に収める。は辺りに視線を走らせていたが、聴いた声も納得できる内容だったのだろう。ローブの下に魔道書を仕舞い、漸く肩の力を抜いた。
「お兄ちゃーん!さーーん!!」
そんな二人の耳に、ソプラノの知った声が届く。声の主に視線を向ければ、フレデリクと共に騎乗していたリズが子兎よろしく、その背後からぴょこりと身を乗り出し手を振っていた。
「あちらも怪我は無いようですね。」
「ああ。だからこそ、お前はフレデリクをわざわざあの場所に待機させたんだろ?」
ばれてましたか、と小さく舌を出したにクロムが苦笑する。フレデリクも気付いてたと思うぞ、との言葉にはまぁそうでしょうねと同意した。リズを参戦させることに良い顔をしていなかった堅物だ。提示された場所と戦端の開かれるであろう距離に、何も気付かない筈が無い。
実質クロムとの二人だけで連中と相対することとなったが、クロムだけならともかく中・近距離に対応できる――何より、冷静に物事を判断できる彼女が居たからこそ、フレデリクはの案に乗ったのだろうから。
「リズさんには内緒にしておいて下さいね。」
「しょうがないな。知りながら黙ってた俺とフレデリクも同罪だ。秘密は墓場まで持って行くさ。」
「それを伺って安心しました。」
怪我無い〜?と淑女らしからぬ大声で尋ねる彼女に、クロムは大きく手を振って応え、視界に入ってきたフレデリクの渋面に、思わず小さく吹き出した。
「リズのヤツ、後で諸々にフレデリクから説教食らうぞ。」
「あらまぁ。それは大変ですこと。いくら私が小細工を弄しても、そればかりは回避できませんでしょうしね。」
違いない、と笑い二人と合流すべくクロムは歩き出す。何故か動かないに、どうした?と尋ね当り前のように右手を差し出した。
――あの時の、ように。
「あ……い、いえ。何でもありません。ちょっと……呆けてました。」
大丈夫か?と尋ねるクロムに、大丈夫ですと頷いて慌ててフードを被る。
頬や耳が熱いなんて嘘だ。躊躇いなく手を差し出されて嬉しかっただなんて、そんなこと―――
「よかった〜〜!あれ?さん、何でフード被ってるの?」
取る取らないで再び一悶着あったことは言うまでも無い。