新たなる歴史 Y
じき暮れるな、と心中で呟いては空を仰いだ。
隣には腕を組み怪我人の治療に当たるリズと彼女の補助、兼護衛のフレデリクを見遣っているクロムが居る。
「……?」
「はい?」
なんでしょうクロムさん、と視線を戻したに見つめられ、いや、とクロムが一瞬言葉に詰まる。
「何かあるのか?」
「いいえ。ただじきに暮れるな、と。そろそろ切り上げさせた方がいいかもしれません。」
何の事だかは聞かずとも分かる。そうだな、と同意したクロムには首を傾げた。
「……どうしたんです?何か言いたい事があるって、顔に書いてありますよ?」
「…………」
お前の前では隠しごともできんのか、と思わずため息をつけば不思議そうな顔をしたが下から覗きこんできた。
「……何か心配事でも?」
「あ。あ、あーいや。その、あの、だな。」
「はぁ。」
要領を得ないクロムの態度に益々不思議そうな顔をしたが、そう言えばと呟く。
「クロムさん達はこれからどちらへ?」
「ん?どちらって、お前……」
「だってここには私を送り届ける為だけに寄られたんでしょう?どこか別の場所に向かう予定で。当初の予定とは若干違いましたが、こうして無事に居るわけですし。」
何でわかったと問えば、少し考えれば分かりますよと軽く答えが返ってくる。
そうか少し考えれば分かるものなのか、と変な所で納得しつつも肝心なクロムの用件には全く気付かないのだから事態は全く進展していないわけで。
どうすべきかと考えつつも、だがやはり伝えねば始まらないのだ。クロムは意を決して、きょとんとしている彼女に向き直る。
散々考え抜いてどうすれば色よい返事を貰えるかと悩んだりしたものだが、やはり自分にはこれしかないのだ。
真っ直ぐに言葉を伝える――そう、これしか。
「。」
「は、はい。」
何やら百面相をしていたクロムが急に真顔になりこちらを向くものだから、流石にも真顔になる。
固い意志の宿る濃紺の瞳。真っすぐに向けられた真剣な眼差しに、思わず息を飲み――
「こらー!!そこーー!!さぼるなーーーーっ!!」
やや離れた場所から響いてきた、淑女らしからぬ怒鳴り声に全てが水の泡と化したのである。
「本当になんとお礼を申し上げてよいのやら……」
「いや。俺達は当然のことをしたまでだ。そう畏まらんでくれ。」
雰囲気をぶち壊されて憤るクロムを何とか宥めて、町の代表だと言う老人との相対を果たす。
長たる者の務めです、と説き伏せて勃発しそうになった兄妹喧嘩は未然に防いだわけだが、何にせよクロムの機嫌は低気圧の底が抜けたように悪い。全くしょうのない、とため息を吐きつつ、どこか彼らしいとも思ってしまう自分もあまりクロムのことは言えないのだろう。
「じきに日も暮れます。何のもてなしもできませんが、今日は皆様ここでお休みになってくだされ。」
「え。ホントに!?」
町長の善意の申し出に、リズがぱぁぁっと表情を明るくした。確かに屋根のある場所で眠るのと眠らないのとでは、大きな差があるが。
「………」
の目配せにフレデリクが小さく頷く。怪我人の処置にあたっていた彼女が疲れているのは分かるが、まだ何も起きていないのならその内にここを離れるのが最善だろう。
「いえ、お気持ちだけ頂いておきます。我々はこれからすぐに王都へと戻りますので。」
「え?え?と、泊まっていかないの?泊まらせてもらおうよ?ね?ね?このままじゃ途中で日が暮れちゃうし!」
リズのさりげなくも切実なお願いに、しかし彼女の騎士は綺麗さっぱり却下した――恐ろしい程の笑顔で。
「夜間行軍と野営を行う、良い機会です。」
「え――――っ!?」
抗議の声も何のその、動かぬ笑顔を張り付けたまま断固として譲らないフレデリク。形勢不利、と見て取ったリズは兄とその隣の女性に視線で助けを求めたが、そのどちらもが肩を竦めるだけで全く役に立たなかった。
「そんなぁ〜〜〜」
「だから最初からついてくるなと言っただろう、リズ。夜間行軍や野営だってあるかもしれないと……」
「それとこれとは話は別!ね、ね、さんだってそう思うよね?」
「はぁ。まぁ、私はお言葉に甘えさせていただこうと思ってるので何とも……」
「そうだよね!甘えさせて……って、私は?」
「私は。」
自らを指差すに、リズがこてん、と首を傾げる。思わず小動物……と呟いてしまいそうになったが、それは寸でのところで飲み込んだ。
(なるほど、王都の自警団だったのね……)
先程クロムに向けた問いの答えが思わず方向から返ってきたが、なるほどと納得しただけだった。その実力と言い、身形と言い割と潤沢な資金のある場所なのだろうとは踏んでいたが、王都とは。
「私は……って、さんだけ?」
「はぁ。まぁ。私は王都までは行きませんし。」
王都どころか、行く先も定まっていない。どうするべきか考える時間が一晩くらいあっても、バチは当たらないだろう。
「王都までは行かない……行かない……行かない?………お兄ちゃんっ!!」
シスターであるはずのリズの雷が落ち、咄嗟にクロムが明後日の方向へ視線を逃す。
当事者ながら話が全く見えていないは、リズを見、クロムを見、そして最後にフレデリクに視線を移したが、彼はやれやれとため息を吐くばかりで。
「あのー……話が全く見えてこないんですが。」
何とも間抜けな当事者の質問と若干一名の鋭い視線に、クロムは漸く先ほどから伝えようと奮戦(本人曰く)していた言葉を口にしたのだった。
「………つまり、王都の、クロムさんが指揮を執っている自警団に私を入団させたい、と。」
「させたいと言うか……してくれると助かると言うか……して欲しいと言うか……」
先程から言い淀んでいたことはこれか、と納得する。まぁ確かに、胡散臭い人間に助力を頼むのは男としても指揮官としても矜持に抵触はするよな、と彼の躊躇いには納得する。
尻すぼみになりながら、妹のキツイ視線に曝されながらやっとの思いでその要請を伝え終えたクロムは、漸くどうだ?とと視線を合わせた。
そして――当のはと言うと、
「謹んでお断りさせていただきます。」
全開の笑顔でその要請をぶった斬ったのだった。
「なんでっ!?」
当然、理由を問う声が途端に降ってくるわけで。
「何でと言われましても……まぁ、第一の理由が記憶を探したいから、ですかね。」
「王都に行けば見つかるかもしれないよ?」
「見つからないかもしれません。」
「て、手掛かりがあるかも……」
「ここの周辺に無いとも言えません。現場百回、とも言いますしね。」
「お、お兄ちゃんもいるよ?」
「確かにクロムさんは居ませんが、今までだって居なかったんです。問題ありませんよ。」
「お兄ちゃん………」
「言うな、リズ……」
問題無し呼ばわりされた本人が、はっきりと分かるほどに肩を落とす。例えそう言う意味では無いと分かっていても、繊細な男心にはかなりのダメージだ。
「だいたい、何で私なんかを勧誘するんです。」
もっときちんとした人を勧誘すればいいじゃないですか、と言えばなんだそのきちんとした人と言うのはとクロムから突っ込みが入る。
「きちんと……と言うか、身元のはっきりしたと言うか……」
「「フレデリク!!」」
最後の最後まで不審者的な対応を崩さなかった頭の固い重騎士に兄妹の非難が殺到するが、それを当のがやんわりと制す。
「ですから、フレデリクさんの警戒は最もなんですってば。あまり簡単に人を信用しないで下さいね、お二人とも。」
私に何らかの意図があったらどうするんですと尋ねれば、あるのかとクロムの問いが。あるも何も覚えてないんですってば、とが肩を竦めてため息を吐いた。
「胡散臭い上に気味の悪いことこの上無い私にそう言って下さるのは、正直嬉しいんですが……」
「……なんでそう、自分に対して評価が低いんだ。お前は。」
一歩間違えば卑屈とも取られないその言葉に、クロムが不機嫌な声を出す。
「人は自らと違うモノ、異なるモノを忌み嫌います。確固たる自分があれば、そんなもの……とでも言えるんですがね。」
卑屈にもなりたくなる。確固たる自分どころか、今の自分は薄氷の上に立っているようなものなのだ。いつ、何どき、それが崩れないと言える?そして、その崩壊にクロム達を巻き込まないと何故、言える?
「……それでも、俺はお前を信じたい。」
「!」
何処までも真っ直ぐな、射るような視線。自身の不安定な懸念など粉々に打ち砕いてしまう、矢のように鋭い視線がの身を貫く。
しまった、と思ってももう遅い。誰よりも何よりもその瞳に惹かれている自分が、そんな彼に抗えるだろうか。
「町の人のために共に戦ってくれたんだ。俺はお前を信じている。」
「……私が戦ったのはそんな高尚な理由じゃありません。ただ借りっぱなしが性に合わなかっただけです。」
「それでもいいさ。」
「全てが結果良ければ、では済まないんです。何かあったらどうするんです!?」
「その時はその時考える。」
「あ、貴方と言う人は……!」
ある意味潔い、だが取りようによっては無責任とも言える発言にが絶句する。こういう無謀が服を着て、真っ直ぐ歩いている人間が一番始末に負えない。人は自分には無いものに惹かれるいきものであり――そして、何より。
何に代えても、喪いたくないと思わせるだけの貴さがある。
「〜〜〜ッ!フレデリクさん!お願いですから何とか言ってください!私みたいな不審人物連れて行って何かあってからじゃ遅いんです!」
「……クロム様、よろしいのですね?疑いが完全に晴れたわけではありませんが……」
「あぁ。」
「でしたら、私から申し上げることは何も。クロム様の人を見る目は、私から申し上げるのも何ですが、大変良いものがございますので。」
「リ、リズさん!」
「私は最初から賛成!お兄ちゃんが自分で口説くって言ったのに、さんが一緒に来ないって聞いたから本当にどうしてやろうかと思ったんだからね!」
どうする、では無くどうしてやろうか発言にの柳眉が寄った。こんな僅かの間に、自らの悪影響が出ているように思えるのは気のせいか。
「。」
周囲に助けを求めるも、敢えなく撃沈。いかに優秀な軍師と言えど、孤立無援・四面楚歌の状態では取れる手段は皆無に等しい。
ましてや最も厄介な相手がとどめの一撃を繰り出すべく、自分を真剣に凝視しているとあっては――
「無茶で危険なのは承知している。だが、俺達にはお前が必要なんだ。記憶が戻る迄でもいい、俺達と――俺と一緒に来てくれないか。」
卑怯だ。
何のてらいも無く、駆け引きも無く。必要と言われて断れる人間がいると思っているのだろうか。
特に、今の自分のように寄る辺も無き浮草にとっては。
「クロム、さん……」
駄目だ、とどこかで囁く声がある。嬉しい、と耳元で呟く声がある。
どうするべきか。どう、したいのか。どう――しなければならないのか。
「私……その、私、ですね……」
絡め取られた視線が交わり、唇が戦慄く。そう、たった一言でいい。たった一言呟けば――
「いやぁぁぁぁっ!!」
突如として響いた叫びに、ははっと我に返る。今、自分は何を言おうとしていた!?
「何だ?」
「まさかまだ賊が?」
「と、とにかく行こうよ!あっちみたい!」
リズの指差す方向、町人らしき影が数人分見て取れる。頷き合ったクロムとリズが駆け出し、町長もそれに続いた。
一拍遅れたフレデリクはしまった、と言う表情を隠しもせず、はというと自分の言動はとりあえず棚に投げこみ意識を戻す。
「……なるべく早めに町を出た方がいいと思いますが、いかがです?」
「同感です。」
懸念をしている内容はどうやら同じらしい。二人は視線が絡み合った途端、示し合わせたかのように深く、深いため息を零した。
だがここで愚痴を言っても始まらない。苦虫を噛み潰したような表情のとフレデリクはクロム達に追い付くべく、走りだしたのだった。