小さな自警団 ]U
城下町の北側、国境へと続く道を主街道とするエリアにその小さな建物はあった。
「随分小さいんですね。」
「まぁね。国とは関係の無いところで組織してるから、どうしたって予算は限られちゃうんだ。」
「ふむ。」
の言わんとしたことを察したリズの答えに、なるほどと感心しながら頷く。国からの不干渉を取るか、予算を取るか。クロムは前者を選んだということなのだろう。彼らしいと言えば彼らしいが。
「寄進なんかも受け取られないのであれば、尚のこと予算は限られてきますしね。」
「……なんかもう、私説明することなかったりする?」
「そんなことありませんよ。知らないことの方が多いくらいです。今のはちょっとした鎌掛け、まだまだ勉強不足ですねリズさん。」
「ぶぅーーー!私、いつか絶対さんをぎゃふんって言わせてみせるんだから!」
クスクス笑うに、頬をリスのように膨らませたリズが宣戦布告をする。昨夜の晩餐の席でも思ったが、少しでも彼女のようになれたら姉の――エメリナの負担はかなり軽減できることだろう。勿論、一朝一夕でできることでないのは百も承知だ。
だが、自分や兄がしなければならないことでもある。ここに至る道すがら、にそう尋ねたリズは彼女に教えを請うたのだった。
(分かってはいたけど、厳しいなぁ……)
そんなリズの願いに対して彼女はにっこりと笑いながらそれを却下し、だが自分から盗むのは自由だと告げた。
自らの目で見て、耳で聞いて。知識は人や書物から補って。そうやって、リズはリズなりのやり方を見出せばいい、と。足りない部分は、少なくとも自分が居る間は補えるからと続けたは、そう――どこか、寂しそうで。
「居る間ってことは、いつか居なくなるってことなんだよね……」
「?リズさん?」
「あ!うぅん。何でもないの!あ、ほら!あそこが入口!!」
歩哨は居ない、だが古いながらも建物としては悪くないようだった。周囲には飛び越えられない程度には高い柵が張り巡らされているし(ただし所々塗装が剥げて劣化しているのが一目瞭然だったので、あまり用途を満たしていないと思われた)、空気に馬房特有の臭気が混ざっている。
建物はざっと見る限り大きく三棟に区切られており、今これから自分達が踏み入れようとしているのはその中の中心と思しき一画だった。
「あ。ここが、本部の中心部ね。作戦立てたりとか、食事するホールがあったりとか……」
「右手側にあるのが馬房ですね。その他は?」
「大まかに分けると、その隣が物資倉庫で……反対側の建物が宿舎とかかな。ここに寝泊まりするって人も、たまに居るから。」
「そう言えば、ヴィオールさんはこちらにいらっしゃるんでしたよね。」
「うん。そう言ってた。ソワレは街に自宅があるから、そっちから通ってるよ。」
ふむ、と頷いては再び首を巡らせる。
軍師と言う特殊な職種故かそれとも失った過去が関係しているのか、は初めて訪れた場所で必ずと言っていい程行っていることがあった。
いわゆる――地図作りである。
元来地図と言うものは非常に高価で、庶民には手の出ない――いや、そもそも国や長く旅をする者以外に必要とされない――ものだ。
組織の集大成とも言える国であれば当然の事、それがある程度の規模になればしかし当然のように求められる。自国は勿論、それと同様に求められるのは他国の地図だ。それも、正確であれば正確であることに越したことは無く。
その際最も必要とされるのが、地図を作製する技術者――測量技師である。
とある国ではそれは一子相伝の技術とされ、またある部族では測量そのものを一族の存在意義とし。同量の黄金と換算されるとも言わしめる、非常に貴重な存在なのだ。
――それはつまり、それだけ抱える危険も大きいと言うわけで。
地図とは言わばその国の縮図であり、無論馬鹿正直に何から何まで記載させた地図を作らせる者などおらぬだろう。だがその地形を把握しているだけでも有利に進められる物事など、世の中には掃いて捨てるほどにある。
過去に存在したとされる、今はもうその名すら忘れられてしまったと言う一族が仮にのような能力を保有していたとしたら。その一点のみでも彼らの利用価値は、実に計り知れないものであっただろう。
何故彼らが歴史の陰に埋もれて行ってしまったのか――理由こそ定かでは無いが、その能力こそが彼らの滅亡への一翼を担っていただろうことは想像に難くない。
記憶が無くても身体が覚えている――正にその言葉の通り、はまず己の居る場所の正確な位置と地形を確認することから始めている。それが屋内であれ、屋外であれ。
とは言え、自身が測量技術を持っているわけでは無く。彼女専属の、この世で最も優秀な測量技師達もそれを実際に羊皮紙に起こすわけでも無い。
この世で最も優秀な測量技師達――言わずと知れた、四大元素の精霊達である。
火の精霊は彼女に物理的な火種の一と理論的な火種の有無を教え、水の精霊はその土地の命の源たる水脈・保有する水量を示し。土の精霊は地形や建造物の脆い箇所等ををこっそり囁き、風の精霊は彼らが見たもの全てを愛し児に知ろし食す。
そう言った全ての情報を肉眼や言葉で確認した事象とに重ね合わせ、彼女はこの世でたった一つにして随一の精密さを誇る地図を自身の頭の中に製作する。世に軍師は多数おれど、彼女程精密で豊富な量の地図を有する軍師は類を見ないであろう。
他の追随を許さぬ類稀なる能力の副産物は彼女が足を進めれば進めるだけその数を増し、しかし難を言えばそれはのみにしか常時且つ正確に使用できないものであって。それを分断的に情報として他者に譲渡・複製することは確かに可能だが、渡す相手の力量によって使用効力に著しい差が出てしまう非常に使い勝手の悪い版図でもあった。
「さん?」
「あ、は、はい。すいません。」
精霊達の声に気を取られていたが既に入口の扉に手を掛けているリズに手招かれ、慌てて後を追った。
「大丈夫だよ。皆、気のいい人ばっかりだし。……ちょーーっとアクは強いけど。」
……できるなら、最後の一言は聞きたくなかったであった。