小さな自警団 ]V

 
「ただいまー!」
淑女の作法もへったくれもなく扉を開け放ったリズに、視線が集中した。

「リズ!お帰りなさいまし!」
と、思った途端、視線だけでなく身体ごととっし――駆け寄ってきた少女が一人いて。
「ただいまーマリアベル!」
「あぁ、良かったご無事で!お怪我はございませんこと?」
マリアベルと呼ばれた少女はリズの傍らまで来ると、頭の天辺から爪先までを検分するように見、漸く安心したとばかりの息を吐いた。
金色の豊かな髪を二つに結い上げ、服と同色のリボンで飾っている。言葉一つ服一つにしても、彼女が裕福な家の出であることは一目で予想が付いた。言葉の内容こそ先程の令嬢達と同じだが、こちらは本当に心配をしてくれていたのだろう。

「うん、大丈夫!食事とかお風呂を除けば……」
どこか遠い目をするリズの脳裏浮かぶのは、こんがり焼けた熊肉で。
その彼女の考えていることなど手に取るように分かったがくすりと笑い、次いでリズに因る恨みがましそうな視線での攻撃に晒されてしまった。けれど今回ばかりはそれを仕掛けた相手が悪い、は慌てず騒がず文句の付けどころのない笑顔を浮かべると、彼女の無言の抗議を難なく迎撃、あっさり往なしてしまう。

「?」
が、しかし。全く予想外な方向から来た鋭い攻撃(しせん)は、予測していなかった分だけ真面に喰らってしまった。何事かとそちらを見遣れば、マリアベルと呼ばれていた少女が何やら目を吊り上げてこちらを睨んでいるではないか。
は内心はて?と、首を傾げるもやはり何も思い至るようなことは無く。


「おい、リズ。それより、クロムはどうしたんだ?……はっ!まさか俺様のライバルはビビって腰を抜かしてたんじゃねーだろうな?」
おまけにその思考は別の声に因って阻まれてしまって。乱入してきたその声の主、見ればいつの間に距離を縮めたのか浅黒い肌の大柄な体躯をした青年が腕を組み、の傍らで踏ん反り返っていた。

クロムのライバル、とやらを自称する彼は、なるほど鋼のように逞しい身体の持ち主だった。
陽に焼けた金髪を乱暴に立たせた姿やぞんざいな口調、見てくれだけならどこぞの荒くれ者と言った風体であったが、背筋は真っ直ぐ伸びているし、何よりその卑しさの方が走って逃げ出しそうな快活さを全身から滲ませている。言うなれば若干粗野な頼れる兄貴分、と言ったところであろうか。

「大丈夫、おっきな怪我はして無いよ。ヴェイクはお兄ちゃんのこと、大好きだもんね?」
意味深とも取れなくないリズの言に、ヴェイクと呼ばれた青年は途端に苦虫を口一杯噛み潰したような表情をした。
あまりに素直な反応に、分かって仕掛けたはずのリズが楽しそうに笑う。

「なっ!?じょ、冗談でもよしてくれ!そういう事言うのは!」
……なぜそこで動揺する、若く明るき青年よ。

「でも、お二人ともどうなされたんです?ご一緒だったんでしょう?」
と、これはマリアベル。周囲の視線がリズに集中し、リズは傍らのに視線を移した。最終的に事情説明を丸投げされたは、軽く肩を竦めると何でもないこととばかりに口を開く。

「どこぞのお嬢様方に囲まれてとてもとてもお忙しそうでしたので置いてきました。」
「ほ〜〜〜っんと!男ってさーーー!!」
笑っていない笑顔のと、眉間にくっきり皺を寄せたリズ。勘の良い者なら――否、良くなくても件の二人が何かをしでかしたと簡単に気付くわけで。案の定同じ男のヴェイクは聞かなかった振りをし、だが彼ほど物事を簡単に考える性質ではないマリアベルはやや声を低くしてどなたですの、と尋ねた。

「エステル嬢とユリアナ嬢。……いつものことだけど、ちょっといつもより厄介かも。」
「何か、ありまして?」
「ん。ま……ちょっとね。大丈夫、心配しないでマリアベル。」
「ですが、リズ……」
親友の複雑な胸の内を知るマリアベルとしては、叶うなら直ぐにでも王城へとって返して件の男共の首根っこを掴んで引き摺ってきてやりたい。だがそんなことをすれば社交界での自らの醜聞だけに留まらず、そのまま生家への強い風当たりになるだろう。前者だけなら鼻で笑って飛ばす自信があるが、後者に関してはそうもいかない。マリアベルの生家は使用人や領民を合わせれば五百は裕に越す人間が生活する領地を預かる一門なのだ。その家の唯一の嫡子である自分が、おいそれと軽はずみな行動に出ていいはずが無い。

「…………」
マリアベルが友情と世間体の板挟みから身動きが取れずにいると、横から見知らぬ女性――リズと共にやって来た彼女が、やけに親しそうにリズの頭を軽く叩いた。まるで慰めるように二度、三度と。

「ん。大丈夫。ありがとう。」
リズを見る彼女の視線は、まるで姉のように暖かい。無論、親友を気に掛けてくれるのはマリアベルとて嬉しくないわけではない。だが、無言で労う彼女も――労えることが。物凄く羨ましくて――非常に、面白く、無かった。


「あ、あの。でも、ご無事なんですよね?……良かった。」
可憐な、と呼ぶに相応しい別の声にそちらを振り向けば 、椅子に座ったままの娘が安堵のため息を吐いたところで。亜麻色の髪の、年の頃ならと同じか、若干下くらいの女性であった。

「そ、そうそう!聞いて下さいまし、リズ!スミアさんたら、クロム様を心配するあまり毎日花占いをされて、この部屋を花びら一杯になさいましたのよ!」
「花占い?」
メインのホールとして使っているだけあって、結構な広さがある。言葉通りにその様を想像したは、何て勿体無い……と実に庶民的な感想を抱いたのだった。

「そ、そうなんだ……でも、ありがとスミア。お兄ちゃんのこと心配してくれて。」
「い、いえ。そんな……」
感性は庶民のそれと大差無いリズのやや引いた声に気付くことなく照れるスミアに、は何やらピン!と来るものを感じた。なるほど、と勝手に納得する。


「ところでよ。」
だが特に部屋の惨状には興味が無かったらしいヴェイクは、先程からずっと気になっていたことを口にした。

「あんた誰?」
あんた、の視線の先には――つまり自分が。そう言えば自己紹介がまだだったとリズを返り見れば、彼女もしまったと言うような表情をしていて。その彼女からの促しに心得たように頷いて、集中する視線を受け止めた。

、と申します。暫くこちらの自警団にご厄介になることになりましたので……どうぞ、宜しくお願いします。」
頭を下げたの横で、リズが我がことのように胸を張った。

さんは、お兄ちゃんがず〜〜っと欲しがってた軍師なの!強いし、カッコいいし、歌も上手いし……」
「リズさん。リズさん。」
余計なことが混じってます、と指折り数えるリズを遮れば、だって本当のことじゃん!と拗ねたような反応が返ってくる。いえでもですね、と反論しようとしたを尻目にじゃあ今度はこっちね、と彼女は自警団の面々に並んでしまった。

「えっとね、マリアベルは私の親友で、ヴェイクはお兄ちゃんの自称ライバルでしょ。スミアは天馬騎士で……」
親友の一言に機嫌がうなぎ登りしたマリアベルに、自称じゃねぇ!と叫ぶヴェイク。天馬騎士、と紹介されたスミアは何やら慌て出した。

「えーと、スミアさん?」
「あ、あの。わ、私。その、実はまだ……」
「あ。そうだった。まだスミアは見習いだったんだっけ。」
しょぼんとしてしまったスミアには悪いが、見習い、と聞いたは先程から感じていた違和感に漸く納得がいった。何故ならこの敷地内、少なくともの知覚できた範囲には彼女の乗騎らしき天馬の姿が無かったからだ。
とは言え、天馬騎士は見習であってもこのように身も心も華奢な、少女と言っても差支えない女性が簡単に就けるものでも無く。

「フィレインさんから伺いましたが、鎧の授与は天馬騎士としての素質を認められた者のみにされるんでしょう?槍を授与されて初めて一人前であっても、誰にでも見習いの時期はあるんです。そんなに気負わないでくださいね。」
「あ、ありがとうございます……わ、私そんなこと言って貰えたの初めて……」
「あ。さんがスミア泣かした。」
「え。えぇぇっ!?わ、私のせいですか!?」
「これが本当の女泣かせだな!しっかしあの自称貴族モドキといい、クロムの奴変なのばっか拾ってくるなー」
「ひっじょーに不本意なんですが、その女泣かせの変な奴って私のことですかヴェイクさん。」
その某自称貴族が自警団に合流した場面に居合わせたのでヴェイクの言い分を否定するつもりは無いだが、それを自分に適用されるのは非常に不本意だった。ちなみに自身が文字通りクロムに「拾われた」ことは、既に遥か心の棚の上である。


リズ曰くアクの強い、だがきっと恐らく良い仲間なのだろう。
自警団と言う空気が殺伐となるのが当然の場で、女子供がこうも自然体で居るのが何よりの証拠だ。見方によっては所詮王族の気紛れ子供の遊びよと、せせら嘲笑う者もあるだろう。

だが彼らの言う王族であり一人の人間でもあるクロムが、何故この自警団を組織し、また自らその陣頭に居るのか。

その理由が――ほんの、少しだけ。には分かったような気が、した。

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