戦士の王国 W


互いに不機嫌な空気を撒き散らしながらも、足並みは全く乱れない。
単に馬の問題に留まらない二人の息の合いように、周囲は仲裁に関しての匙を早々にぶん投げた。 せめてフェリアに着くまでには互いに妥協してくれないものかと誰もが他力本願で思っていた――その時だった。

先頭を行くが、片手を挙げ後続へ停止を促したのは。

「どうした。」
「………」
その問いに答え無く、だがそのどこか遠くを見るような仕草に彼女が風の精霊と意識を共有していることをクロムに悟らせる。
だとすれば、考えられることはただ一つ。

「賊か。」
「……いいえ。賊の方が幾分マシです。件のヒトモドキの連中が、この先の街道を占拠しています。」
とりあえず必要最低限のことは読み取ったが、ひらりと馬から降りる。クロムもそれに倣い、後続の仲間達に合図を送ると自らも下馬した。


「クロム様!如何なさいましたか!?」
真っ先に馬を走らせてきたフレデリクに、クロムが軽く頷く。

「この先の街道に屍兵どもが居すわっているらしい。」
「屍兵?」
聞き慣れ無いそれに、が怪訝そうな声を上げフレデリクがあぁ、と応じた。

「申し訳ありません、お伝えするのを失念しておりました。あの化物をそう呼称するように、先の会議で決定したのです。」
「いつまでも化物じゃ、収まりが悪いからな。」
「なるほど。……では、現時点を持って呼称を屍兵に統一しましょう。皆さん!」
張り上げられたの声に応じ、他の面々が駆け寄ってくる。何事かと驚いた表情を見渡し、は続けた。

「この先の街道を、件のヒトモドキ――屍兵共が占拠しています。こちらには迂回路に逸れてやる義理も時間もありません。ついでに後顧の憂いを絶つためにも、ここで敵を殲滅してから先に進みましょう!」
「で、でも……敵の姿が見えませんよ?」
「見える位置にきたら、問答無用で襲い掛かってくる連中です。手前で準備を整えて、一気にこちらから仕掛けます。」
最もなスミアの問いにも難なく答え、再度全員の顔を見渡す。緊張はあるようだが、まぁ何とかなるだろう。


「これから皆さんに、敵と戦場の情報をお渡しします。慣れないうちは、少々違和感があると思いますが少しだけ我慢してください。」
クロム達から事前に話を聞いてその力の片鱗を知っていたソワレやヴィオールはともかく 、ソールやスミア、ヴェイクは意味が分からず首を傾げる。

「手を繋がなくて大丈夫なのか。」
「昨夜はもっと人数が多かったですし、ぶっつけ本番ではありませんからご心配なく。」
昨夜と聞いたクロムの眉間に皺が寄ったが、は頓着することなく自らの意識に集中した。
拡散する小さな意思の集まりを、拘束するのでは無く誘導する。その道筋は自らの魔力と意識に因って織ればいい。僅かな情報も、束ねれば十分な量になる。その積み重ねは心地好い風となってを取り巻き――

「ぅおっ!?」
「きゃあ!?」
「うわっ!?」
「!?」
「……!!」
時間にすれば、正に刹那。
だが、その間に恐ろしいほどの情報が各自の脳に直接伝わる。360度拓けた視界、醜悪な屍兵の顔、それらが持つ各々の武器に至るまでが詳細に、文字通り衝撃を伴って脳を駆け抜けた。

「い、今のって……?」
眩暈のような感覚が残り、ふらつくような頭を押さえながらソワレが尋ねる。既に経験したことのある、クロム達を除いたメンバーも大体が似たような様子だった。

風の精霊(ジルフェ)の視界です。詳しい説明は省きますが、皆さんに彼らの視界を一時的に共有していただきました。」
「へぇ〜魔法のことはよくわかんねーけど、何かすげーのな!」
未知の体験に興奮するヴェイクはともかく、スミアやソワレは驚いた――と言うより、奇異を見るような眼差しをに向けている。無論、覚悟はしていたので自身は自嘲するに留まったが。
やはり異質であることには間違い無いのだろう――自分と言う存在は。

。」
と、鋭くそれを嗅ぎ分けた人物――クロムが、その肩を掴み毅い視線を送ってきた。

「クロムさん?」
「馬鹿なこと考えるなよ。もし仮にお前が居なかったとしたら、俺達は何も知らずに連中と相対していたはずだ。俺達は斥候を立てているわけでもない、勿論むざむざ負けるつもりは無いがどうしたって手傷は負うはずだ。お前がこうして居てくれるから、奇襲も防げるし逆に奇襲だって掛けられる――って、ええと。だから、その。いや、そんなことが言いたいんじゃなくてな。」
しどろもどろに言葉を探すクロムを見て、の表情が自嘲の色が消える。その代わりに苦笑の色を浮かべながら、ありがとうございますと不器用な軍主の腕を軽く叩いて感謝の意を表した。確かに、今は感傷に浸っている暇など無いのだから。

「お気持ちは分かりますが、我々はこんな所で足止めを食うわけにはいかないんです。利用できるものは何だって利用する――その位の気概でいて下さらないと困ります。さて。」
その言葉に気まずそうに顔を逸らした者もいたが、は敢えて気付かない振りをした。正直、そんなことはどうだっていいのだ。

「皆さんに情報が漏れなく伝わったようですので、僭越ではありますが私から戦闘の指示を出させて頂きます。先も言いましたが、後顧の憂いを絶つためにも一匹たりとも逃すわけにはいきません。川に掛かった橋を挟んでの向こう側の数が圧倒的に多い――とは言え、個々の距離がそう空いているわけでもない。まずはこちら側――橋の手前側に居る屍兵を掃討し、戦場の優位性を確保。橋の袂で残る連中を迎撃します。川幅がそう広く無いのが難点ですが、歩いて渡れるほどの速さや深さでもありません。橋の袂に陣取れば、ほぼ一対一に近い状態に持ち込めるはずです。――何か、ご質問は?」
流れるような戦術の展開に、と共闘経験のある者達以外が驚きに目を丸くした。だが、その中でヴェイクは誰よりも早く立ち直り、彼にとっては最も重要なことを勢いよく宣言した。

「よっしゃぁぁぁ!!任せとけ!このヴェイク様が見事先陣を切ってやらぁ!」
「馬鹿、誰もそんなこと言っていないだろう。そもそも歩兵のお前じゃ、橋の袂まで行くのに時間がかかる。ここはボクが――」
逸るヴェイクとソワレを、だがは視線で押し留め先を続けた。

「質問が無いようなので、最後に戦闘に加わって頂く方を。――クロムさん。」
「ん?ああ、スミア。お前はここに残れ、馬車の中にいれば安全だしな。」
の視線の意味を解したクロムが、今回唯一の非戦闘員である彼女に下がるように告げる。不安げな、縋るような視線に若干揺らいではいたが流石に彼女に戦力を割けるほど余裕が無いのはクロムも百も承知だった。

だが、それだけでは不十分。フェリアに到着する前の、なるべく早い段階で機会に鉢合わせたのだ。利用しない手は――無い。

「馬車はここに置いておきます。――それから、ヴェイクさん。先陣をお願いしてもよろしいですか?」
「お?おお!!任せろ!、お前結構見る目あるな!」
「恐れ入ります。先陣を切って、橋の袂周辺を確保してください。橋のこちら側屍兵は、騎兵のお二人に。ソールさん、ソワレさん。」
「任せてよ。」
「勿論!」
つまり歩兵である分、距離を先に稼いでおけとの言っているのだ。先陣と言う言葉に誤魔化され、ヴェイク自身は気付いていなかったが。彼ほど単純にできていないソシアル騎士の二人に、それとなく目配せをし口止めをする。本人が気付かなければ、誰もが幸せになれるのである。

「リズさん、フレデリクさんに同乗して回復の準備を。拠点とするここと戦場に距離を取りますので、多少の危険がありますが……」
「大丈夫!任せて!!」
「ご安心ください。リズ様の身は、私が命に代えましても。」
よし、と頷き残るヴィオールへと顔を向ける。間接攻撃可能なアーチャーである彼に求めるのは、遊撃だ。自分と同様に広い視界を有している彼だからこそ、任せられる。

「ヴィオールさんはヴェイクさんに続いて他の方への援護を。私と左右対称に展開して、どちらへも対応できるようにしてください。」
「任せたまえ。貴族たる私にかかれば、あのような化け物。恐るるに足らんよ。」
根拠は皆無だが、とりあえずここは納得したように頷いた。

「後は……」
意図的に残した最後の一人以外に、もう一人誰か居たような気がするのだが。だが居並ぶ顔を見回しても、それらしき姿は無い。忘れることにした。

「最後に。クロムさん。」
「ああ。」
突入する気満々のクロムを目の前に、少々酷かもしれないとは考えた。やはり歳の近い同性の者同士、若干の張り合う気持ちがあるのだろう。ヴェイクに先陣を、と言った瞬間表情が僅かに歪んだのをは見逃さなかった。

それに加えて、今自分が考えていることを告げれば荒れるのは必至。軍主である彼にの指示に従う義務は無いのだから、荒れる前に却下すればいい。――そこまで、冷静に考えられればの話だが。

「――クロムさんには、ここに待機して頂きます。」

だからこそ、は敢えて告げたのだった。――感情の伴わない、そっけない声で。

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