戦士の王国 X


「……は?」
最初、クロムは耳を疑った。いや、クロムだけでは無く周囲に居るフレデリクらも。

、それは。どう言う……」
「言葉通りです。クロムさんはここで待機。戦闘には、我々だけで当たります。」
やはり聞き間違えでは無かったらしい。表情を変えず、淡々と告げるに即座に拒否の言葉が喉元まで競りあがる。

「な……!!」
「何で、とは言わせませんよクロムさん。貴方は昨日、確かに仰いました。スミアさんに、自分の傍から離れるなと。」
が。クロムの言動など百歩先はお見通しな軍師によって、その言葉と勢いとを殺がれてしまう。

「しかし、さん。クロム様は……」
「ええ。この自警団の要です。で、あれば尚のこと。危険な戦場の、更に危険なその先陣を切る必要など無いでしょう。違いますか?」
「ち、違いませんが……」
フレデリク、撃沈。特に常々彼も考えていたことなので、尚更否定する要素を見つけられなかった。

「や、やっぱり皆の士気が違うんじゃないかなぁ?」
と、これはソール。にっこり笑って相対するを目の当たりにして、すでに腰が引けている。

「前衛に居ようが後衛に居ようが、士気に影響はありませんよ。――まさか、騎士たる貴方が違うなんてこと、仰いませんよね?」
意訳、言ったら速攻で黙らせるぞ的な威圧感に顔を引き攣らせたまま言葉を飲み込む。他に反論のある奴が居るかと見渡せば、最も異論のある人物が真っ直ぐに――それこそ睨み付けるほどの強さでを見据えた。


「納得できるわけないだろう!!俺は団長だぞ!?皆が戦っているのを尻目に、後衛待機など――」
「するのが、総大将の役目ですよ。――人員の限られた今回の道行に至っては、例外としますが。ですが、今、この戦いだけは。誰が何と言おうと、待機していてもらいます。」
頑として譲らぬの姿に、らしくないなと眉を顰めた者が居た。どうやらその気配が伝わったらしく、視線で他言無用と釘を刺されてしまったためやれ恐ろしいことだ、と肩を竦めるだけに留まったのだが。

「だから何故だ!理由を……」
「理由は、クロムさんが理解していらっしゃらないからです。」
「は?」
あっさりと降ってきた答えに、呆気に取られてしまった。しまった、と思ってももう遅い。一度断ち切られてしまった流れを、彼女から取り返すなどそう簡単なことではない。

「一晩経っても、答えは出ていらっしゃらないんでしょう?ですから、これがラストチャンスです。この戦いが終わるまでに答えを出してください。もし出なかったら――スミアさん共々、イーリスに強制送還させて頂きます。」
「一晩経ってもって……スミアを連れてきたことか?」
「まさか。言ってしまえば私にとってはどうでもいいんですよ、そんなことは。ですが、私が何故反対したのか――その、理由を。
貴方はまだ理解されていない――違いますか?」
フィレインにとっては大問題だったであろうが、スミアの進退など元々何の関係も無いにとってははっきり言ってどうでもいいことなのだ。足手纏いが増えることによって生じた諸経費等、諸々はフィレイン――正確には天馬騎士団から前払いできっちり徴収している。

だがそんなことよりも――反対した奈辺の理由を、誰よりもクロムには理解してもらわなければ困るのだ。


「そ、それは……」
「正直に言わせて頂きますが、それでは困るんです。今の貴方はエメリナ様の名代。彼女の代理として、今、ここに。我々の主としているのですから。」
「だ――だから、それが今何で……!」
「必要だからです。」
今回の旅でも。そして、クロムが今後生きていく上でも。そうは思っても、口には出さない。伏せた瞼の下で、彼が自力で――自ら気付いてくれることを願って。

「っ……!!」
感覚に引っかかった光景に、意識を向ける。――気付かれたようだ。

「気付かれたのか?」
「……そのようです。」
戦闘に関しては本当に敏い――胸中で苦笑したが、最早言っても始まらない。そしてまた、言ったところで大人しくしているような御仁でもないだろう。それならば。

「失礼。」
一応、一言断ってから周囲の風の精霊(ジルフェ)達にあることを頼んだ。無論彼らは自分達の愛し児の望みを、何の疑問も躊躇も無く速やかに実行する。

「!?」
「な……!?」
驚いたのはクロムだけでは無い。彼の傍らに居たフレデリクも、咄嗟には動けなかった。
が一言呟くのとほぼ同時に、周囲の風が一気に凝縮――局地的な突風が辺りを、否、クロムのみを襲った。より正確に言うなら、彼からとあるものを文字通り巻き上げたのだ。

!?何を……」
する、と言いかけた視線の先には、封印されし牙(ファルシオン)――クロムの剣が、にその鞘ごと握られていた。

「こうでもしないと、私の言を無視して突っ込むでしょう。貴方は。――アスラン!!」
言うや否や、はファルシオンをそのまま中空に放り投げ――見る者から見ればが風の精霊に剣を託し、更には彼らが別の人物に手渡すのをしっかり捉えたのだった。

「アスラン、戦いが終わるまで何があっても渡しちゃ駄目よ。死守してちょうだい。――クロムさん、アスランから取り戻せるご自信があるならご自由にどうぞ。ですが、その際返り討ちに遭っても苦情は聞きませんのでそのおつもりで。」
唖然とするクロムの目の前で、器用に剣帯を首に引っ掛けた黒馬が任せろとばかりに嘶いた。通常なら予備の剣をフォルテに括り付けているのだが、生憎とこの時点ではそれをしていなかった。つまりファルシオンをに奪われた時点で、クロムは文字通りの丸腰になったのだ。

、お前、本気で……!」
「当たり前でしょう。一度口にしてしまった言葉は撤回が効かないんです。貴方が抜けたことで、戦力が大幅に落ちることなど先刻承知。その分の穴は、立案した私の責で埋めます!!」
言って、勢いよく外套を脱ぎ捨てる。腰に差された鉄の剣、抱えるのは真新しいサンダーの魔道書。
――出で立ちで分かる。最前線に出るつもりだ。

「待て、!!」
「待ちません!良いですか、クロムさん。先ほども言いました通り、これが最後のチャンスです。きちんと答えを出せなければ、本当に強制送還しますからね!――皆さん、準備はよろしいですか!?」
全員を見渡し、その表情を一つ一つ確かめる。越権行為であることは百も承知、だが今のままの状態でフェリアと交渉の場を持ったとしても破談になる――いや、破談になるより悪い事態とて招く可能性があるのだ。友の進退が掛かっている以上、そんな不確定要素だらけの人選でことに当たるつもりなど毛頭無い。
軍師の突然の暴挙に驚いたことは驚いたようだが、それよりも目の前に迫る脅威に対処すべきと言うのは全員が自覚してくれているようだった。

「ま、諦めろやクロム。お前の分も、俺様が活躍してきてやっからよ。へへ、俺様の斧が唸る……」
「斧じゃなくて、腕だろう。ヴェイク。いや、その前に、お前……」
武器はどうした、と上機嫌に肩を組んできたヴェイクに突っ込みを入れる。クロムに指摘されて初めて、自分の身が恐ろしく軽いことに気付いた彼は文字通り一瞬にして真っ青になった。

「お……俺様の斧がねぇッ!?」
「無いってお前……自分の装備を落として気付かない馬鹿がどこに居る!?」
案外身近に居たようである。慌てて周囲を見渡すも、それらしき物体は無い。クロムも一緒になって慌てだし、ふと、二人同時に身体の動きを止めた。そしてそろそろと、背後を伺うように返り見る。

「……………ッ!!!」
こちらは案の定、と言うべきか。やや俯き加減になって、全身を小刻みに震わせている――そう、あまりの怒りに言葉すら失って、迸る感情を抑えようとして抑えきれていない――軍師の姿が、あった。

「あ、あの……」
「お、おーい。ー?」
反応無し。――いや、よくよく見れば、口元が引き攣って握りしめた拳の震えが徐々に大きくなっている。

「……このッ……大馬鹿タコ男共がぁ……ッ!!」
唸るような地を這うようなの呟きに、ヴェイクとクロムが揃って短い悲鳴を上げた。咄嗟に手近にあった何かを握り締め、俊敏な動作で後ずさる。

「――作戦を変更します!!」
流石の仲間達もこればかりはフォローする気になれなかった。加えて巻き込まれては堪らない、とばかりに微妙に距離を取る。

最初から戦力外だったスミア、意図的に戦力外としたクロム。そして強制的に戦力外となってしまったヴェイク。
――考えていた、一番安全な戦術は使えない?上等だ。

「ソワレ・ヴィオール!ソール・リズ!フレデリク・私でバディ体勢を組みます!私達が先陣として中央を突破、敵将と思しき屍兵を真っ先に討ち左右に展開!背後から屍兵に迫り、挟撃します!!橋の手前側に居るのは、行きがけに撃破!何か質問は!?」

『ありません!!!』
敬称が抜けている言葉の端々に、の怒りを感じざるを得ない面々である。余計な事を言おうものなら屍兵より先にあの世に送り返されかねない空気に全員が全員、身の保身を優先した。賢明である。

「我々に気付いているのは、橋の手前側の屍兵のみ!!奇襲をかけて、一気に殲滅します!!」
告げるに、全員が頷いた。ここからはもう戦場の――命のやり取りの場だ。


「行きます!」
後ろにを騎乗させたフレデリを皮切りに、ソワレとヴィオール、ソールとリズが後に続く。

スミアと――何故か互いの手を固く握り合ったクロムとヴェイクを残して。

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