戦士の王国 Y


「サンダーッ!!」
裂帛の気合いと共に放たれた理魔法が、屍兵将の頭部を一瞬で炭化させる。そこをすかさずフレデリクが鉄の槍を繰り出し、止めを刺した。
ヴェイクの戦線離脱と言う予想外のアクシデントがあったものの、それに因る軍師の怒りのボルテージには凄まじいものがある。瞬時に組み替えた戦術に伴い、橋の手前側に居た数体の屍兵は瞬く間に文字通りの霞と化した。

「ソワレ・ヴィオールは左翼、ソール・リズは右翼へ!」
戦場を一気に駆け抜けた達は、群と化した屍兵からの攻撃を僅かな手傷でやり過ごすと予定通りその背後に回った。兵将はとフレデリクの連続攻撃で葬り、後続のソワレ達に展開を指示する。とは言え、まだ戦力配分は均等では無い。一瞬だけフレデリクと視線を交わしたは、馬から飛び降りるとすぐさま右翼に走りソールの援護に加わった。 同じように左翼へと走ったフレデリクが、ソワレ達のフォローに回る。

「このまま挟撃します!橋を越えようとする者を優先、に!」
討て、と続けたが手近な屍兵に斬りかかった。一瞬の鐔競り合い、力では競り負けると悟ってがら空きの足元に蹴りを叩き込む。バランスを崩した屍兵に追加の回し蹴りをお見舞いし、倒れ込んだ顔面に鉄の剣を突き立てた。

「強いね、彼女!」
「そーでしょ!って、ソール!一匹こっち来た!」
任せて、と愛馬に拍車をかけ大振りの一撃を難なく避ける。馬上からの攻撃、高低差から唐竹割りの要領で一撃をお見舞いしてやった。怯んだのを気配で察したが、止めの雷撃を叩き込む。

「二人とも怪我は!?」
「私もソールも大丈夫!さん、一匹逃げる!」
「逃がしません!」
殆ど詠唱破棄の攻撃ながら、その威力に衰えは見られない。すぐさま追い縋り、行く手を阻む。

「――リズ!ソワレが負傷しました!ここは抑えますから、そちらへ!」
「了解!リズ、しっかり掴まって!」
まだ手近に二匹ほど残っていたが、まずはリズをあちらへ届けることが先。もの言いたげなソールに頷いてみせ、は彼らに背を向けるような形で屍兵と対峙する。

「ここは通しません!」
その言葉を理解したのか、屍兵が揃って意識をこちらに向けたのを肌で感じた――来る!
降り下ろされた剣と迎え撃った剣が噛み合い、火花を散らす。
視界の端に光を鈍く弾く槍の穂、歪んで映ったのは敵か自分か。

一瞬の攻防で屍兵の剣を跳ねのけたは、敵との一定の距離を保ちつつ武器を構えなおしたのだった。


一方。左翼に展開したフレデリク、ソワレ、ヴィオールは騎士二人を全面にその二人を弓兵のヴィオールがサポートする陣形を組んでいた。

「……全く、あの軍師殿は人使いが荒い……っ!!」
ソワレを狙った屍兵の眉間を貫いたヴィオールが、新たな矢をつがえながら呟いた。

「愚痴ってる暇があるなら、手を動かせヴィオール!が怒るのも、無理無いと思うけどね、ボク、はっ!」
矢に貫かれた勢いで体勢を崩した屍兵のがら空きになった心臓部分を、槍で一突きにする。急所を刺し貫かれた屍兵は、たまらず霧散した。

「!ソワレ!!」
「!?」
注意を促すフレデリクの声に、ソワレが背後を振り向く。いつの間に近寄ったのか、斧を持った屍兵が間近に迫っていた。
フレデリクはまだ別の屍兵を相手取っていたし、ヴィオールは駆けつけるには若干距離がある。防御が間に合わない、と瞬間に判断したソワレは咄嗟に前方へと跳躍する。無理な体勢からでそう大きくは無理、けれど攻撃を躱すだけなら十分――しかしその目算は辛くも外れ、最後に残ってしまった左腕に斬撃を喰らってしまった。

「くそっ!」
右手で武器と手綱を持ちながら、今度は十分な距離を取る。重傷ではないが、無視して戦いに臨めるほどの浅手でもない。
「ソワレ君!」
ソワレの負傷により陣形が崩されてしまったものの、ヴィオールは慌てず騒がず彼女を襲った屍兵に牽制の矢を射かける。調度この時フレデリクの槍が相手取っていた屍兵に止めの一撃を打ち込み、すぐさまその馬首を翻した。

「ソワレ!」
リズが居ればすぐに戦線に戻れるのに、と臍を噛んだソワレの耳にソプラノの若い少女の声が届く。
「リズ!?」
どうして、と彼女が尋ねる間も無く、少女は急停止した馬上からえいやっと飛び降りた。リズを運び終えたソールは、すぐさま馬首を翻し孤軍奮闘しているだろう軍師の元へと駆けてゆく。
さんが、ソワレが怪我したから行ってやれって!傷、見せて!」
無論、フレデリクやヴィオールも無傷では無い。だが急を要する怪我を負ったのは彼女だけで、だからこそはリズを派遣したのだが。

「何で怪我のことが?」
「……風の精霊の視界を保ちながらなら、戦ってるんだと思う。」
言ってライブの魔杖をソワレの左腕に翳す。瞬く間に出血が止まり、傷口が塞がった。

「リズ様、ご無事で……!」
「私は平気!でも、さんが一人残って屍兵と対峙してる!ソールが戻ってくれたけど、ここはソワレとヴィオールに任せて平気?」
「もちろん!」
「任せてくれたまえ。」
二人が頷いたのを見て、リズが背後を振り返る。その彼女の無言の求めに応じ、フレデリクは馬上から腕を差し出した。
リズは慣れた様子でその腕に掴まると、てやっとの掛け声と共に再度馬上の人となる。

「無理しないでね?」
「こちらを片付けたら、合流を!」
言い残し、未だ砂煙りの舞う戦場へ戻って行く。残る敵はあと、一匹。怪我も無く、士気も高い。負ける要素は見当たら無い。

「いくぞヴィオール!!」
「ふむ。些か相手が不足ではあるが……」

眼前の屍兵を屠り、急がねばなるまい。今もたった一人、戦っているであろう彼女の元へ――


そして、リズをソールと共に送り出したではあったが。
当たり前と言うべきか、案の定と言うべきか。二匹の屍兵相手に、防戦一方を強いられていた。いや、途中で崖上から参戦してきたもう一匹を合わせて三匹か。

(やはり、三匹は無理があるか……!!)
背後は取られないよう、囲まれぬよう。絶えず足を動かして、その攻撃を掻い潜る。それでもその背中は抜かせず、橋に向かおうとする素振りを欠片でも見せた屍兵には相応の電撃をお見舞いしてやって。
早々に熟練度の低い剣は放り出し、魔法一本に攻撃方法を絞った。それも体力の消耗に一役買っているのだが、遊撃の必要性も考えてどうしても魔法に頼らざるを得なかったのだ。

「……のっ!!」
危ない、と思ったの脇腹を槍の穂先が掠めていく。咄嗟に身を捻ったのと、緩衝に入った風の精霊のおかげで薄皮一枚程度の浅い傷を負う程度に留まったが。そういった浅い傷を体中のあちこちに負っており、おかげで滲むような痛みが全身を苛んでいた。蓄積された痛みは集中力を鈍らせ、次の攻撃を受ける要因になる。
武器を握る手が滴る鮮血によって何度も滑りそうになり、都度その悪循環ごと魔道書を爪を立てる強さで握りこんだ。
肩で息をしながらも眼前の敵に立ち塞がる。ここは通さない、その絶対の意志を込めて。

『グ……』
生者でなくとも、彼女の意志は伝わったのだろう。それまで個別で攻撃を加えてきていた屍兵が、突如何かを考えるかのように動きを止めた。も僅かに眉を顰めたが、次の瞬間それだけには留まらず盛大に表情を歪める。それぞれ得物の違う三匹が、タイミングを合わせて一斉に攻撃をしかけてきたのだった。

「……っ!!」
攻撃は無理、となれば残された方法は回避のみ。考えるまでも無く動いた身体が、防御の為の雷撃を打ち出した。その雷撃が右端の槍の穂先を砕き、咄嗟に跳んだ身体が錆びた剣の下を掻い潜る。だが、流石に疲労と流した血の量が大きかったのだろう。着地の目測が僅かにずれ、体が大きく傾いだ。
そして視界に広がるのは、振り上げられた無骨な斧――


「させるかっ!!」
直撃を喰らう、そう覚悟した直後だった。聞き覚えのある青年の声と共に、振り上げられた凶器がその腕ごと一振りの剣によって鮮やかに斬り落とされる。

「ソ、ソールさん!?」
「ごめん、!遅くなった!!」
間一髪、屍兵との間に割り込むことのできたソールが屍兵の攻撃を未然に防いだのだった。後ろへ!と叫んだソールの声に従い、彼の邪魔にならぬ位置まで重い体を叱咤して動かす。

「ソール、さん!ソワレさんは……」
「大丈夫、リズが間に合った!あっちは殆ど片付いたから、残るのはこっち側だけ……で、いいんだよね?」
確認を求めたのは、増援の可能性を示唆してのことだった。は頷き、屍兵の背後、切り立った崖になっている場所を指差した。

「あそこに、もう数匹……ですが、それで最後です。」
「了解!じゃあ本当にもうひと踏ん張りだ。追っ付け、副長達も……」
来る、と言ったソールの声に、ソプラノの声が重なった。あれは。

さーーーん!!」
砂煙を巻き上げて駆けてくる重騎兵、そして彼と同乗する小柄なシスター。
間に合った加勢、戦力と癒し手にの顔がほ、と緩んだ。目の前の敵に集中していたせいで、戦場全体に意識を飛ばしている暇が無かったのだ。
ここ最近風の精霊達もこの異形に慣れてきたのか、戦闘が始まっても常の半分くらいはその場に残ってくれるようになっていた。最もそれは、彼らの愛し児が最近やたらとそれらと対峙する場面が増えてきたせいでもあるかもしれないが。

『グォ……』
増えた敵に、やはり屍兵も怯みはするらしい。僅かに引く素振りを見せたが、逆に達に逃がすつもりが無いのだ。崖の上の連中にも、味方の不利を悟って逃げられては困る。

「ああ、もうやだ!!やっぱりさんが一番酷い怪我!!」
残った戦力を鈍る頭で再度勘定し、次の指示を飛ばそうとしていたの傍らにリズが下りる。彼女を下したフレデリクはソールと並び、二人を庇うような形で屍兵と対峙した。即座にライブの魔杖を翳そうとしたリズを、だが何を思ったのかが留める。

「リズさん。ミリエルさん、と言うのは女性の――魔道士ですか。赤い髪に、メガネを掛けた。」
「ん?うん、そうだよ。でも何で……あ!!」
一度もあったことの無いミリエルの特徴を言い当てたに、リズが顔を輝かせた。言うまでも無く質問の内容を察した彼女に力強く頷き、即座に作戦を組み立て直す。

確信を得たは大きく息を吸い込むと、風の精霊達に言付を預ける為に再度魔力をその身に纏わせた。一際強い風がの身体を通り抜け、その言葉を意志と共に運んで行く。

「行きましょう!!」
回復を受けている暇は無い、物言いたげなリズを馬上に押し戻し自身もソールの後ろへと回る。彼女の頭の回転の速さに舌を巻きながらも、フレデリクとソールが頷き合い馬首を翻した。
いくら常人離れした脚力であっても、歩兵の屍兵は流石に馬の脚には付いてこれない。見る間にその距離が開いていく。

達の目指す先は崖の上――そして、いまだ無傷で残る屍兵だった。

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