戦士の王国 ]U


フェリア連合王国――アカネイア大陸のほぼ北部全土を指し、その国土の広さから東西に別かたれている国である。
地理的にはイーリス・ペレジア両国と隣接し、築こうと思えばその両国と友好を結ぶことも、また両者の仲立ちにもなれるような位置にある。最も、国そのものの特殊性により後者に関してはあまり頼もうとは思わないと言うのが現状だったが。
その両国を繋ぐ一本の道、北の街道と呼ばれるイーリスからフェリアへと至る道の一つを行軍する一行の姿があった。

吹きつける寒風の中を逆らうように北上する一団――イーリス聖王国・王弟クロム率いる、自警団である。


「う〜寒い!!寒いよ、フレデリク〜〜」
真っ白な外套に身を包み、正にウサギのような姿になったリズが寒さに身を縮ませながら呟いた。だから馬車の中に居ろと言ったんだ、とばかりに送られる兄の視線は軽やかにスルーする。

「は。リズ様、それでしたら私を風避けにお使いください。」
下馬している者騎乗している者とそれぞれであったが、後者であったフレデリクが寒さに悲鳴を上げる姫君を招く。甘やかすな、とクロムの鋭い視線が突き刺さったが、やはりフレデリクが相手である以上こちらも軽く往なされてしまった。
いそいそとフレデリクの後ろに場所を移したリズを見、は苦笑を零したがふと注意を引かれて視線を正面に戻す。仏頂面をしていたクロムも、その気配に気付いたのだろう。彼女に倣うように視線を前方へと移した。

「……どうした、。」
「いえ……今、建物の尖塔らしきものが見えた気がして……」
吹雪いている中を行軍しているため視界は恐ろしく悪かったが、目を凝らしていると彼女の言う通りそれらしき黒い影が見えてきた。思った以上に近い場所にあるその影を見たクロムはに頷き返すと、後ろに続く仲間に停止の合図を送る。
視界の悪さ故に若干、距離を見誤っていたようだった。それでなくとも、街道沿いに鬱蒼と茂る針葉樹の落とす影のせいで街道そのものが暗く視界の悪さに拍車をかけているのに。

「クロム様。」
真っ先に駆け寄ってきたフレデリクに頷くと、身体を傾け既に意識を風の精霊に委ねているの姿を見せる。大の大人でも時に足を取られそうな強風の中、僅かにも揺らがず自らの足で立つ彼女の姿はクロムに新緑の若木を思わせた。
他の仲間もその後姿を見遣り、軍師の一挙一堂に注視する。

「……フレデリクさん。」
暫くして振り返ったは、口元を覆っていた面布を下しフレデリクを呼んだ。左手を差出し、視界の共有を求めている。

「は、ただいま。リズ様、少々失礼いたします。」
「ん。」
実のところ、暖を取るどころか風避けにしか役に立っていなかった(当然である。金属は熱伝導率が良いのだ)ので、フレデリクに倣いリズも馬を下りた。そうこうしている間もの意識は、ここではない場所を見つめている。
常々不思議に思える光景だったが、ここ最近はその不思議な光景に慣れてきている自分が居た。そしてまた、先遣や戦闘において彼女の力に頼り始めていることにも薄々危機感すら覚え始めている。

「失礼します。」
意識を風の精霊に委ねている時は、は外界の刺激にはほとんど頓着しない。とは言え未婚のうら若き女性の手を取るのに、何も声を掛けないのは騎士道精神に反し――結局、染みついた自然な仕草で、恭しくその手に触れることになるのだが。

(な、何やら、視線が……)
痛い、と思えば機嫌の悪そうなイーリス王家の兄妹が視界に入ってきた。何故と思い理由を後で聞くべきか、と余計なことを考えた次の瞬間、そんな思考が一変に吹き飛んでしまう。
絶えず吹き付ける吹雪に乗って、黒い針葉樹の間を石造りの砦を駆け巡る意識。所々に掲げられた篝火、閉ざされた扉、物々しい空気を纏った、武装したフェリア兵――その配置の隅々までを意識に刻み、ふと何かに気付く。それを確かめようと、意識を別方向へ向け――

「!?」
「っ!!」
途端に風の精霊の意識から弾かれてしまった。大柄なフレデリクはともかく、華奢な女性の身であるはその衝撃が現実に身体を襲ったらしく、加えて吹雪の猛攻に押されて身体を大きく傾がせた。

「大丈夫?」
咄嗟に手を伸ばしたクロムであったが、それより早く別の腕がの身を支えた。どこか茫洋な表情のまま、ソールさん、と紅唇が呟く。
「あ……は、はい。ありがとうございます。フレデリクさんも、大丈夫ですか?」
「はい。私は。ですが、さんは……」
「私もご心配なく。まだちょっと、この辺の風の精霊達の感覚に慣れなくて……すいません、私の手落ちです。」
ソールの腕の中から謝罪するに、いえとフレデリクも頭を左右に振る。慣れていないと言うのも確かにあるだろうが、今回は自分が別の何かに意識を取られたのが大きな原因だろう。

「土地に因って、自生する精霊に感覚差があるのですか?」
と、突然思わぬ方向から疑問が降ってきた。ミリエルさん、とその疑問の主を仰ぎ見れば、本の虫と他称される赤髪の魔道士が好奇心に目を輝かせていた。現在彼女の目下の興味は風の精霊他、四元素の精霊に愛されている奇異な存在の同僚に大きく向けられていると言って間違いない。

「そうですね。気性と言う意味では、やはりその土地土地に個性があるように思いますよ。同じ大陸内であっても、フェリア・ペレジア・イーリスの気候が違うのと同じように、人々の気性にも差があるでしょう?やはりその土地に根付く精霊は、その風土に大きく影響されていると思います。」
「気候によって人の気性にも差が生じる……確かに、そうかもしれません。ですが、それが精霊にまで通じているとは興味深い話です。ではその土地毎、使用する魔法にも影響が――」
「ミリエル、魔法理論の考察は後にしてくれ。も。いつまでソールに凭れ掛かっているつもりだ?」
と、クロムが話の腰をぶった斬った。表情が豊かと言うか、どうも最近自分を見るクロムの眉間に皺が寄っていることが多いように思えるのは果たしての気のせいだろうか。

「あ、そうでした。すいません、ソールさん。」
「いや、倒れて怪我でもしたら大変だからね。それでなくてもこの吹雪だ、用心に越したことは無いよ。」
ありがとうございます、としっかり地面に立ったにどういたしまして、と微笑むソールの姿はまさに騎士の鑑。うむうむ、とフレデリクが何やら感慨深げに何度も頷いている。

「ところで、フレデリクさん。――ご覧になった感想はいかがですか?」
「は。――僭越ながら、長城に逗留しているのは間違いなくフェリア兵。ですが――」
一旦口を閉ざし、フレデリクは全員の顔を見渡した。

「どうも様子がおかしいようです。フェリア国境兵は臨戦態勢に入っています。」


「戦闘態勢ぃ!?」
素っ頓狂な声を上げたヴェイクに、が頷いた。砦内部には武装した兵が絶えず見回りをしており、外部へ神経質な位に警戒を向けていた。その意識は真っ直ぐ不意の侵入者に向けられているのだろう。だが。

「フェリアとイーリスは、現在友好関係にあると聞いていましたが……」
「いや、それに間違いは無い。そうであるからこそ、助力を頼もうと言う話になったんだ。」
「ですが近頃フェリアは、他国への警戒を強めているとも聞きます。誤解を生まないよう、慎重な話し合いが必要と思われますが……」
矛盾するクロムとフレデリクの話に、は暫し考え込む。他の面々も、彼女の思考の邪魔をしないよう押し黙った。
だから先遣を立てたかったんだ、と思っても今更である。昨夜、なるべく早く身繕いをしたかった自分の都合もあったので余計な事は口にしなかったが。

「念の為、進軍の準備を。――向こうが臨戦態勢に入っている以上、何が起こってもおかしくありません。ですが、あくまで念の為にです。我々はフェリアと諍いを起こしに来たわけではありません。皆さん、それをまず頭に叩き込んで置いて下さい。」
そう言って、ミリエルに目配せを送る。この中で一二を争う、挑発に乗りやすい人物のお目付け役を頼むためだ。

「スミアさん、天馬の様子はどうですか?」
「あ、は、はい!多分、もう傷は痛んでないと……でも、この風では……」
再び羽根を痛めかねない、と言外に言う彼女には頷く。元より戦力外のスミアだ。だが、いざと言う時には退却要員として使わせてもらおうと算段は既にできている。

「このまま進軍し、長城の城門近くに一旦拠を置きます。スミアさん、貴女はそこで待機を。――クロムさん。」
「ああ。今の俺達はイーリス聖王の特使だ。向こうがどういう態度であっても、こちらに非が無いようにしなければな。」
フェリア側の臨戦態勢に思うところはあるのか、だがその真意が見えてこない以上殊更慎重な態度が求められる。そこら辺はきちんと理解しているようで、は胸を撫で下ろした。

「政治や外交は苦手だが……そうも言ってられん。皆、心してかかってくれ!」

物言わぬ城砦を目の前に、面々がしっかりと頷く。
そんな中、だけが新たな戦いの予感に――目を細めていたのだった。

 NEXT TOP BACK