戦士の王国 ]X


「フレデリクさん、そちらをお願いします!それと、皆さん遠慮は要りません!!殺さない程度に、存分にやって下さい!!
我々を――イーリスを舐めたらどうなるか、しっかりきっちり分からせて差し上げて下さい!!」
どこか近所にでも出掛けるような気安さでさっさと走り出してしまったクロムの後を追うべくが叫んだ。
実に丸っと悪役のセリフ以外の何物でも無かったが、そんなことを指摘する命知らずは最早この自警団内には居ない。同行するソワレ、ヴィオール、ソールも慌てて動き出す。

さん、クロム様をお願いします!!」
返ってきた答えに大きく頷き、前を走る背中に視線を移す。左舷の階段を使うには、先程クロムが言っていた伏兵らしき姿のある木立の前をどうしても通らなくてはならない。視界が悪く、脚を取られやすい木立は,、どうしたって騎馬には不向きだ。
ソールと、後ろにヴィオールを乗せたソワレには、不用意に前に出ないよう速度を落とせと合図を送りクロムの後を追う。元々大した距離では無い、直ぐにその背中に追い付いて再び風の精霊の視界を意識に乗せた。

「クロムさん……!!」
一人で突っ込むな、と言いおうとしたに、分かってるとクロムが頷き返す。彼女が必ず背後に付くと信じていたからこそ、先行したのだ。
正直、槍の雨に見舞われたことよりもに泣かれたことの方がクロムには堪えたので、少なくとも今は同じ轍を踏む気は無かった。

「分かってる。この辺だったと思ったんだが……」
チャキ、とファルシオンを構えながら周囲を警戒するクロムと背中合わせになるような形で、もサンダーを構える。
互いの死角を補い合い、風の精霊の声に耳を傾ければ、やはり返ってくるのは先程確認した三人の歩兵の姿のみ。だが時に精霊達より鋭いものを見せるクロムの勘である。杞憂と判断するには、些か早計だろう。

「クロムさん、このまま通用口へ。背後は私が守りますから、既に展開しているフェリア兵への警戒をお願いします。」
「分かった。気を付けろよ?矢か魔法が飛んで来るかもしれない。」
「はい。貴方へ攻撃は何をしてでも、防いでみせます。安心して前にだけ、集中していて下さい。」
そう言う事じゃないんだが、とクロムが呟き、しかしすぐさま呼吸と歩幅を合わせて慎重に歩き出す。――その時だった。

『クロム……ここだよ……』

吹き付ける風に混じって、その弱々しい声が響いたのは。

「!?ッ誰だっ!?」
誰何の声を上げながら、ファルシオンを握る腕に力を込める。背後にいるも、右手に魔力を纏わせていつ何時奇襲があっても対応できるように身構えた。同時に風の精霊に意識を預け――

「あの……ここなんだけど。」
思ったよりも近い場所からその声が響き、完全に虚を突かれたがきゃあっ!と悲鳴を上げてその声とは逆の方向に――クロム目掛けて飛び退った。
「うぉっ!?大丈夫か、!それに……お前、カラムじゃないか!?いつの間に!?」
飛び込んできたの身体を抱きかかえ、咄嗟に守るように身を乗り出したクロムが突然動き出した雪の塊――そうとしか見えなかったのである――に、驚愕の声を上げた。

「一応、さっきからずっといたよ……」
ずっと、と言われクロムもも思わず自分の目と耳を疑った。つまりカラムの言が正しいのなら、風の精霊達すら彼の姿――と言うか、存在にすら気付かなかったことになる。アーマーナイトの特徴でもある大柄な身体と頑丈な鎧を着込んでいるのに、何故だろうこう目の前に居てもふとした瞬間にその存在を忘れてしまいそうな……

「僕も自警団の一員だから、追い掛けてきたんだ……」
「そ、そうなのか。すまん、全く気付かなかった。」
「た、大変失礼致しました。」
ふと、は北の街道で一人足りないように感じたのを思い出す。それにしても、今の今まで精霊達にすらその存在を認めさせなかったとは……気弱なアーマーナイト恐るべし。

「なるべく僕の存在、忘れないでね……」
「も、勿論だとも!なぁ、!?」
「え、えぇ!頼れるアーマーナイトの貴方が居て下さるだけで、戦術の幅が広がりますから!」
そうかぁ、と心無し嬉しそうな様子のカラムに内心の動揺を悟られぬようはひきつった笑顔を貼り付けた。
嘘や気休めでは無いものの、それはまず第一にその存在に気付いていればこそで……いやいやいや。今は何も考えるまい。

「……では、早速カラムさんにご活躍頂きましょうか。」
だがこの影の薄さは逆に使える、と徐々に距離を詰めてくるフェリア兵の姿を視界に捉えポツリと呟く。完膚無き迄に叩き潰すと決めた以上、手加減もしくは出し惜しみと言う選択肢は一切存在しない。
何かを企んでいるの姿にその場にいたクロムやカラムは勿論のこと、後から追い掛けてきたソワレ達も悲しいかなかなりの勢いでドン引いてしまったのだった。


さて、一方。
「ヴェイク、前衛に!ミリエル、サポート!!」
放たれた矢のような指揮官とまさかそんな彼を一人にするわけにも行かない軍師が離脱した後、右舷に残された一団の指揮は自然と副長たるフレデリクが執ることになった。
「スミア、リズ様を頼む。弓兵は居ないようだが、十分に気を付けてくれ。リズ様、暫し御身のお側を離れることをお許し下さい。」
「は、はい!お任せ下さい!」
「分かってる。でも、フレデリクも十分気を付けてね?」
は、と頷いたフレデリクが共に前衛を勤めるヴェイクに並ぶ。

「準備は?」
「バッチリ。しかし気前がいいなぁ、うちの軍師殿はよ。」
褒めるヴェイクの手には真新しい鉄の斧、そしてフレデリクには銀の槍が渡されていた。

「彼女のことだ。クロム様への暴挙も含めて、きっちり償わせるだろうがな。」
「正に軍師の鑑ですね。転んでもタダでは起きない、頼もしい限りです。」
新品のファイアーの魔法書を渡されたミリエルも、その機嫌の良さが伺える。
「おーっと、奴さん方お見えになったぜ!」
「では。」
「参りましょうか。」
フレデリクとヴェイクが揃って走り出し、彼らのサポート役のミリエルが更にその後に続く。何しろ頭にきているのはだけでは無いのだ。軍師公認で暴れてこいとのお墨付きを貰った以上、自分達の軍主への返礼は倍返しどころの騒ぎでは済まない。

「私、ちょっとこの砦の人達に同情するかも……」
「そ、そうですね……」
後衛を任されたリズとスミアが呟き合っていた言葉は、風に巻かれて空へと消えたのだった。


「はぁっ!」
ファルシオンが気合いと共に一閃し、狙いを定めていた弓兵の腕を叩き折る。追撃したソールが槍の柄を相手の鳩尾に叩き込んで、止めを刺した。
「!クロム!」
もう一人の弓兵がやや距離のある場所からクロムを狙っている。それに気付いたソールが警戒を促したが、駆け付けたソワレによって蹴散らされた。
「甘い!」
その弓兵の影に隠れていた槍兵が、空いたソワレの背中を狙うが傍らにいたヴィオールによって阻まれる。その間に距離を詰めていたクロムとソールによって、戦闘不能へと追い込まれた。

「これでここは最後だけど……」
呻く敵兵の数を確認したソールが呟けば、あぁとクロムが頷く。ふと、ソワレが倒した兵の顔にあることを思い出してその懐に手を伸ばした。

「クロム君、それは……」
「鍵、だな。」
見覚えがあるのも当たり前、この先に進む為にはどうしたって必要な代物を持っている文字通りのキーパーソンだったのだ。

は要らないって言ってたけど、どうするつもりなんだろう?」
「そうか?俺には大体予想がつくぞ。」
ソワレから手渡された鍵を弄びながら言うクロムに、三人の視線が集中する。そう、ここに居るのはクロム、ソール、ソワレ、ヴィオールの四人のみ。新たに参戦したカラムと、クロムの傍らに居るはずのの姿が無い。
怪訝そうな表情を隠さない三人に、クロムは苦笑を零しさて、どうやって説明したものかと口を開きかけた、その時。

ドグワァァァァンッ!!

自分達の上方、つまり進行方向から爆発音が轟いた。何事、と視線を移せば扉があったはずの辺りが爆発、炎上している。

「……あれって。」
「……あれだろうねぇ。」
「……あれなら確かに鍵は要らないね。」
ソワレ、ヴィオール、ソールが口々に呟き、クロムが口の端を上げる。道は拓けた、残る敵は上層階に居る輩のみ。

「さて、行くか。」
先んじて道を拓いた達が待っている。否、先に始めてしまっている可能性の方が高いか。軽い調子で呟いたクロムに、残る三人も頷いた。ぐずぐずしていると、残った敵の全てを平らげられてしまうかもしれない。
不敵に笑ったクロムを筆頭に、上層階への階段を駆け上り始めたのだった。


「これでラスト!」
ヴェイクの斧に吹き飛ばされた最後の一人が壁に激突し、目を回したのを確認し背後の仲間を振り返る。一旦戦闘が始まると良くも悪くも前しか見えなくなるヴェイクを、視野の広いミリエルが補佐。フレデリクに至って言えば、まずその力量が違う。守備兵などものの歯牙にもかけずに昏倒させた。

「ははん!見たか、俺様の実力!」
「皆さん、気絶していて見ていませんよ。」
まるっきりの無傷と言うわけでは無いが、ほぼ手傷は負っていない。実力もさることながら士気の高さが、こちら側の方が遥かに上であった故であろう。
「……確か、この兵だったはず……」
ヴェイクとミリエルの邪魔はせず、馬から降りたフレデリクが壁に寄り掛かったままの兵の懐を探る。先程自らの目で確認した通り、通用門の扉の鍵が見つかった。

「ミリエル!」
それを投げ渡しフレデリクは再び馬上へ、この勢いのまま上層階に雪崩れ込む手筈だ。
「フレデリク!さんが、合図があるまで待機しててくれって!」
宙に浮くスミアの後ろで、リズが叫ぶ。ヴェイクやミリエルに視線を移せば、了解したと頷きが返る。刻一刻と変わる状況に応じ、戦術を即座かつ柔軟に変えることのできる軍師は希少だが、その情報を即座に伝達できる軍師は更に輪を掛けて希少だろう。
少なくともフレデリクは、今日までお目に掛かったことは無い。

「慣れてしまうことが恐ろしいな……」
いや、既に慣れかけている気すらある。戦いが集団になればなるだけ、敵味方問わず状況についての情報は重要になってくる。規模的に言えば最小と言っていいこの自警団での戦いでさえ、の能力が無ければあわやと言う場面が幾度かあった。無論、その逆とてあったがそれを差し引いても彼女が居る利の方が大きい。今後のことは分からないが、もしもこの先彼女の記憶が戻らず行く先が定まらないと言うのなら……

「フレデリク様?」
スミアに呼び掛けられ、はたと我に返る。既に所定の位置に着いていたヴェイクやミリエル、後方にいるスミアやリズが微動だにしないフレデリクを怪訝な表情で見ていたのだった。
「どしたの、フレデリク?何かあった?」
「いえ、何でもございませんリズ様。皆も気にしないでくれ。」
慌てて否定するフレデリクに、皆の困惑が更に募る。が、次の瞬間、その窮地を待ちかねていた「合図」が救った。

ドグワァァァ……ンッ!

耳をつん裂く轟音に、全員が咄嗟に振り返る。見れば、フレデリク達の居る場所から真反対、記憶が正しければクロム達が攻め込んでいる場所から煙が吹き出していた。次いで宙を舞う、かつて扉だったであろう大小様々な残骸に何が起こったのかを悟る。

「……ま、確かに。合図にゃ違いねーな。」
ポツリとヴェイクが呟いたのに、違いないと苦笑したフレデリクだった。

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