戦士の王国 ]Y


「……しかし、本当に気付かれないとは……」
驚きを通り越して呆れる、とは胸中だけで呟いた。当初は右舷のフレデリク達と同様フェリア兵から鍵を丁重に拝借するつもりだっただったが、新たな戦力の加入により切り替えた策がこれだった。
階段の真下に居る兵達をクロム達に任せ、はカラムと共に先行。何か特別な魔法を使うわけでも無く、ただ普通に待ち構える敵兵の後ろを静かに通り過ぎただけだった。そして先行した彼女らは階上に至る扉をこっそり開錠し、後を追ってくるクロム達と共に残る敵陣へと乗り込む。そんな無謀にも似た策は、立てた本人が思わず疑ってしまう程あっさり運んでしまった。
守備兵として展開していた数名のフェリア兵は何も気付くこと無く――ただやはりがその影に隠れながら同行したため多少の違和感は感じていたようだったが――追撃してくる形(彼らにとっては第一波)のクロム達の迎撃体勢に入ったのだ。

「僕……影が薄いから……」
「悪いことばかりじゃありませんよ、カラムさん。お陰で敵兵と遭遇する心配無く小細工に勤しめますし、流石に危険ですからお一人でとは考えませんけど……陽動に最も最適な能力です。今後、何かとお願いをするかもしれません。」
そんなことを言われるとは思ってもいなかったのか、彼は驚いたような表情をした。そんなカラムに苦笑して、頑丈な鎧を二三度軽く叩く。

「何もそんな悲観的に考え無いで下さい。ナイフが使い方次第で便利な道具にも凶器にも変わるように、貴方の力も使い方によって180度変わるんです。それを決めるのは、クロムさんや私の力量でしょう?ご期待に沿えるよう、私も努力しますから。」
「そ、そうかな?」
「そうですとも。第一、それは貴方の個性であって何も卑下すること無いんです。……クロムさんみたいな、放たれた矢みたいな個性はご遠慮願いたいですが。」
心臓が保たない、と愚痴れば確かにとカラムも同意する。中々に表情の分かりにくい人物だったが、僅に笑ったのが分かる。それと同時に、余分に入っていた力が肩から適度に抜けたことも。

「……さて、下も始まったようですし。我々も、我々の戦いを始めましょうか。」
「そうだね。」
階下から響き始めた剣戟の音に瞬時に表情を戦う者のそれに変えたに、カラムが同意した。
気負いの無いその表情に頷き返し、は魔法の詠唱を始める。破棄無しのフルチャージ故、どうしても時間が必要なのだ。傍らのカラムが槍を構え、不測の事態に備える。

「――我が敵を倒したまえ。」
一呼吸置き、視線を移す。間髪入れず返ってきた了解の意に、収束していた魔力を言の葉に乗せて解き放つ。それと同時に、風の精霊にリズ宛ての言伝を頼んだ。

不意の爆発炎上、人の注意はどうしたってそこに向く。決して八つ当たり、憂さ晴らしなどでは無い。……無いったら、無い。


「サンダーッ!!」
手加減一切無しの雷撃は、行く手を阻んでいた門扉を狙い違わず粉砕したのだった。



が扉を粉砕する、少し前。
「えぇいっ!何故、たかが数人の賊を取り押さえられん!」
長城を預かる女騎士は苛立ちを隠せずにいた。フェリア流の挨拶を侵入者達に披露したまではいい、だがその後予想もしていなかった反撃が始まったのだ。物見の報告によれば階下はもう制圧寸前、ここまで上って来るのは時間の問題だと言う。先遣も無くまた売り言葉に買い言葉で賊と決め付けてしまったが、息のあった連携や殺すのでは無く戦闘不能に陥らせることを第一目的としている以上、本物の特使である可能性も出てきた。

だが事の真偽を確かめようにも戦闘は既に始まってしまったし、何より形勢不利なこの現状下で停戦を願い出るなどフェリア兵の名誉にかけてできるはずも無く。階上に上がってくるなら、そこで仕止める程度にしか対抗策は無いのが実状だった。

「全員、気を引き締めてかかれ!相手はただの賊では……」
無い、と続けようとしたライミの声を突如として爆音が遮った。

「な……!?」
何が、と続けた声を、爆音に続いて吹き荒れる爆風が浚ってゆく。吹き飛ばされぬよう咄嗟に身体を屈め、風以外にも飛んでくる瓦礫や礫をやり過ごした。
「くそっ……!」
周囲の状況確保を最優先に目を凝らせば、粉塵がそれを邪魔する。やがてそれが薄れ、一際甲高い金属同士の噛み合う音が聞こえてきて。

「!!」
それを飛び越えてくる人影をライミは視界の端に確かに捉えた。体格から言って、男では無い。悪い視界をものともせず、真っ直ぐこちらに駆けてくるのは――

「小娘ぇっ!」
「サンダー!!」
ライミの叫びに重なるように、魔法の詠唱が響く。手近の兵ではなく、敢えて将たる彼女の居る方角へ放たれた雷撃。牽制と流の挨拶を込めた一撃は、ライミのすぐ傍の石柱を砕いて消えた。
外れたのでは無いわざと外したのだとわかるその一撃に、薄煙の中から現れた女の意図を嫌が応にも悟らされる。

「貴様っ!」
直近の槍兵が司令官を狙った賊に向けて武器を繰り出すが、当然予想していたは余裕を持ってそれを躱す。
ライミを守るように展開していた他の兵も、揃って色めき立った。が。

「余所見してっと、怪我するぜ!?」
「していなくても、していただきますが。」
に気を取られていた右舷の兵を、乱入してきたヴェイクとミリエルが急襲する。誰もが気を取られていたあの爆発の最中、彼らは彼らで奪った鍵を使って階上まで登ってきたのだ。
右舷で最優先で潰すよう指示を受けていた、ハンマーを持つ兵にまずはヴェイクが鉄の斧を振り下ろした。だが敵もさるもの、ヴェイクの攻撃を自身の得物で辛うじて捌き反撃を返す。あぶね!と直撃を避けたその影から踊り出た赤い髪の魔道士が、至近距離からのファイアーをお見舞いした。

「うわぁぁっ!」
守備の高いアーマーが災いしたのだろう、熱伝導の良い金属を炙る炎を消そうと咄嗟に転がった。その拍子に落としたハンマーは、敵戦力を削る意図もあってミリエルが即座に回収。傍らのヴェイクに手渡した。

「おぉ!?良いのか?」
「分取れるものは分取れ、とのさんの指示です。この戦いで掛かった経費を、フェリア側から強制的に現物徴集で購わせるそうですよ。」
「……それって追い剥ぎって言わねぇ?」
専門用語で言うとそうなりますね、と締め括ったミリエルに、ヴェイクが微妙な表情を向ける。珍しく突っ込んだものの、彼女らにとっては然したる問題では無かったらしい。

「二人とも、余所見をしない!」
次いで姿を現したフレデリクが、新しく参戦してきた槍兵の攻撃を捌く。すかさずヴェイクが斧の側面で相手の頭をぶん殴り、問答無用で昏倒させた。死ぬほどのダメージは無いにせよ、少なくともこの戦いが終わるまでは床と仲が良いままだろう。
「ミリエルさん!」
リズを後ろに乗せたスミアが、警戒を促す。すると間髪入れず司令官の守備を固めていた兵が新たに二人、こちらに突っ込んできた。

「読み通りです!」
バックステップで初撃をかわし、すかさずヴェイクとフレデリクが前に出る。頼もしい壁越しに、呪文の詠唱を終えていたミリエルが僅かな距離を狙って火球を叩き込んだ。炎は石造りの床に着弾し、爆風が兵士の顔を炙り堪らずたたらを踏む。無論生まれた隙を逃す二人では無い、それぞれ槍と斧の柄で敵兵を強打。声も無く昏倒させる。

「馬鹿な……!」
鮮やかな手際に呻くような女性の声が聞こえ、一先ずこちら側の戦闘終了を確認する。
後は左舷側のクロム達だが、援護は不用。非戦闘員のリズとスミアの守備を固めろと元より申し渡されていた。

「どうぞご無事で……」
呟いたフレデリクに、ヴェイクとミリエルも同じように別の戦場へと視線を馳せたのだった。


「くそっ!」
爆風を切り裂いて現れた、司令官に(外したとは言え)まんまと一撃を与えた魔道士風体の若い娘に必殺の槍を繰り出す。だが基本後衛に居るべき娘は軽快なフットワークでそれを易々と掻い潜り、今も魔法の詠唱を続けている。もう一人、扉の真ん前にいた筈の仲間が援護に現れる気配は無い。聞こえる槍戟の音からして、もう一人兵力を連れていたのだろう。

「この、小娘っ!」
再び繰り出した槍で、詠唱を続ける娘の喉元を狙う。だが、先程は避けて見せたのに今度は何故か微動だにしない。それならそれで構わないこちら側としては、余裕を持って狙いを定め――
ギィンッ!!
だが実際に彼の槍が食んだのは、柔らかい人間の身体では無く、固い金属――剣だった。

「……っの、馬鹿!」
槍がの身体を貫く直前、背後から伸びた一振りの剣が凶器を弾き、空いた左腕でその身をかっ浚ったのだ。
迫る凶刃を受けたのは、それ自体が神々しい光を発する封ぜられし宝剣(ファルシオン)。そして、それを操れるのはこの世でただ一人――

「一体お前は何を考えてるんだ、!?」
片腕で浚った身体を抱き竦めば、詠唱は止めぬままが微笑んだ。まるでクロムが駆け付けるのを、確信していたかのように。
その微笑を目の当たりにしてしまい、思わず言葉を失ってしまったクロムの腕の中でが漸く詠唱を終えた。
そのまま、新たな敵の出現にあっけに取られているフェリア兵へと雷を叩き付ける。

「…………っ!」
命を奪わぬ、だが即座に戦列復帰の出来ぬ程度に出力を絞った一撃が狙い違わず意識を刈り取った。ぱちり、と白い指先に舞う雷撃の名残にクロムが安堵のため息を吐く。

「ありがとうございます、クロムさん。」
「ありがとうじゃないだろう、!間に合ったから良いようなものの……!」
「クロムさんなら絶対間に合って下さると、信じてましたので。」
嘘では無いのだろうが、あまりにも確信犯的なその様子に全身から力が抜けていく。間違い無く、先程の不用意な行動への意趣返しであるのは明白だった。

「全くお前と言うやつは……」
背後から胸の下に回した腕に力を込め、必然的に近付いた黒髪に顔を埋める。彼女が好んで身に纏う、深い森の香りがした。


「だから目の毒だって言ってるのに!」
「正に目にも止まらぬ、とはこのことだね!」
「入らぬ、とも言うと思うよ!」
「いいなぁ、目立ってて……」
ソール、ヴィオール、ソワレ、カラムが寄り添い立つ二人目掛けて襲いかかるフェリア兵を、剣で弓で槍で食い止めた。襲いかかってきたのは、司令官たるライミの周囲を固めていた残りの二人。倍になって返ってきた攻撃に、だが堪らず沈黙してしまう。

「さて、クロムさん。」
「あぁ。」
言外の言葉に頷いて、残る一人に視線を移す。その残る一人は敵司令官、ライミのみ――

「だから、目の毒だって。」
未だ抱きしめられたままのと、抱きしめたままのクロムに半ば呆れながらソールが再び突っ込んだのだった。

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