戦士の王国 ]Z


多勢に無勢で、相手を嬲る趣味は元々クロムには無い。話の腰を折られかねない物騒な有象無象に退場頂ければ、ことを荒立てるつもりは無かったのだ。――少なくとも、クロムには。

「さて。イーリス流のご返答はお気に召して頂けましたでしょうか?」
にっこりと微笑むに、孤立無援となったライミが臍を噛む。相対した力量と言い、立ち居振る舞いと言い彼女とてこの目の前の一行を最早賊とは考えていない。だがここまで徹頭徹尾、完膚無きまでに叩きのめされてしまっては、引くことなど自分の選択肢に乗せることなどできないのだ。

「……貴卿らが、賊だとの言は撤回しよう。だが、我々は戦士の国たるフェリアの者。最後の一兵に至るまで、武器を置くことは許されていない!!」
つまり司令官たる自分を倒さぬ限り、負けは認めないと言う事か。薄々分かっていたことだが、こうも下らないことに拘る人間が相手だとやり易いのは認めるがどっと疲れる。そんなことをがつらつら考えていると、不意にクロムが一歩前に出た。

「俺達は正真正銘、イーリスの特使だ。フェリアと諍いを起こしに来たわけでは無い。これ以上、無用な戦いをする必要は無いと思うが……」
「それでもだ。戦士である貴卿ならば、譲れぬものがあることくらい存じていよう。」
「…………」
あっさりとライミに論破されたクロムが、言葉を詰まらせる。
困ったように傍らのに視線を移せば、肩を竦められただけで終わってしまった。

「……分かった。では、一対一で決着をつけよう。それで、構わないな?」
「ああ、願ってもいないこと。」
言って槍を構えるライミに、当然の如くクロムが前に進み出ようとし――突如として真っ黒になった視界に、思わず変な声を上げてしまった。

「な……って、この香……おい、!!」
視界を遮るものを取り除いてみれば、それはいつも彼女の纏っている外套だった。染みついた香りから持ち主はすぐ分かったものの、何が起こって――否、起きているのかに思考が追い付かず。犯人と思しき彼女はクロムの背後から自らの外套をひっ被せると言う暴挙に出た後、狼狽する当の本人をさっさと置いてその前に進み出たのだった。

「何を馬鹿な事を言ってるんですか、貴方は。特使本人に、一騎打ちなんてさせられるわけが無いでしょう。
総大将たる貴方の代わりは――私が努めます。」
呆れたように呟くに――正確にはその出で立ちと宣言に、クロムを含めた自警団の面々が呆気に取られる。
この寒風吹きすさぶ中、防寒の為の衣服の一切を取り払った彼女の意図は明白だ。魔法を使わない、近接戦闘――腰に吊るした鉄の剣がそれを物語っている。

「馬鹿ってお前……いや、お前こそ、何をする……」
つもりだ、の言葉にシャラン、と言う鞘から剣を抜き放つ音が重なった。切っ先を敵司令官に向け、不敵に笑う。

「アーマーナイトたる貴女は、多分に漏れず魔法に弱いのでしょう?正々堂々なんてことを言うつもりは更々ありませんが、後で難癖付けられても面倒ですしね。近接戦闘でカタをつけませんか?」
「……この私が、戦いの結果に異を唱えると?」
「その可能性もある、と言っているんですよ。私のこの申し出を、驕りと捉えるか好機と捉えるかはお任せしますが。」
戦士がどうのこうのと言っているが、からすれば端からそんなことはどうでもいいのだ。これはイーリスとフェリア、両国の面子の問題。それこそ下らないと普段なら考えることも、現状ではその下らないことを遵守し、また利用しなければならない立場にある。未だ特使としての――国同士の、威信や見栄と言ったものに実感の薄いクロムやリズに自覚しろと言うのは無理があるのかもしれないが。

「だ、だからってお前が……!」
「フレデリクさん、申し訳ありませんがクロムさんを押さえていて下さい。――他の皆さんも、下がって。そこらに転がっている兵士の皆さんを、安全な場所に移動させて下さい。」
は、とフレデリクがクロムの傍らに移動し、リズもそれに倣う。いざとなれば、リズも兄を止めるための防波堤に成り得るからだ。

「いいのか?出で立ちから察するに、貴卿は魔道士であろう?」
「ご心配は無用に願います。それから私は魔道士では無く、軍師です。剣もそこそこ使えますので、条件としては同等であると思いますが?」
が条件に拘るには理由がある。どちらか一方に有利な条件下で、一騎打ちをしたとあれば後々つまらぬ禍根を残す可能性があるのだ。代理と言う意味でなら、フレデリクの方が適任なのは百も承知。だが敵司令官が女性であるなら、こちらも女性が。武器が直接攻撃を主とするものなら、同じ条件の得物で。

仮に異なる条件で一騎打ちに勝ったとしたら、それが後々の交渉にどんな影響を及ぼすか分からない。無論及ぼさない可能性とてあるが、この先のことを考えるとどんな些細な障害も可能性の段階で潰さなければイーリス側に勝機は無いのだ。
それならばソワレやスミアでも、と言うかもしれないがそれに関してはの矜持の問題だ。他人に戦えと言って、高見の見物ができるような大人しい気性の持ち合わせは無い。後者に関して、戦力としてあてにしていないと言うのもある。

今居る場所は国境で、厳密に言うならイーリス・フェリアのどちらでも無い。だが今回謁見を願い出ているのはイーリス側で、更に悪いことに立場的にこちらが弱い状況にある。相手に付け入る隙など、欠片だろうと見せている余裕は無いのだ。
――もう既にフェリアとの交渉が始まっているのだと、気付いて居るものが果たして自警団内に何名いるのやら。

「………」
少なくとも気付いているであろう面子の一人であるフレデリクが、頷いて見せる。離せとクロムが叫んでいるが、その拘束が緩むことは無い。見届けることも指揮官の役目だと説いて伏せ、目の前で始まろうとしている戦いを見守るようにと厳命する。
その配慮に感謝しながら、はライミと改めて正面から対峙した。

「では……改めまして。イーリス聖王国王太子、クロム殿下麾下。軍師、と申します。」
両足を肩幅に広げ、鉄の剣を正眼に構え。

「フェリア連合王国、国境警備軍総司令ライミだ。――いざ。」
腰を落とし、槍の切っ先を相手に向け。

「「勝負!!」」

吐いた呼吸が開始の合図――長城最後の戦いが、始まった。

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