戦士の王国 U] T
クロム達自警団が持ち込んだ馬車や馬は中庭にほど近い長城の一角に置かれていた。アスランや他の馬達に少しばかり顔を見せ、荷物を放り込んでいた馬車へと到着した。早速荷台に乗り込んで中身の物色を始める。
「……で、ボク達を呼んだ理由は何なんだい?。」
荷物の物色を初めて間も無く、ソワレが何の気なしに口火を切った。
「……話が早くて助かります。……フレデリクさんも、よろしいですか?」
「はい。やはり何かありましたか。」
「ある……と言うか、これからあるだろうことですね。正確に言うと。」
私物の入ったトランクを引っ張り出したが苦笑し、
フレデリクやソワレには見えないだろうが、無数の精霊達がたちまち馬車の回りを取り囲んだ。これで馬車内の会話は、外には漏れない。
「……お二人とも、私が出発前にクロムさんにお尋ねしたことを覚えていらっしゃいますか?」
突然尋ねられた内容に、フレデリクとソワレは目を丸くした。とクロムが自警団本部で激突したのは記憶に新しく、だがその内容までと言うのは。
「クロム様に何をしにフェリアに行くのか、とお尋ねになられてましたが……」
「そうです。クロムさんは、フェリアに同盟を結びにいらしたそうですが……」
「君は違うのかい、?」
目的は確かにそうだが、それだけでは無い。
「えぇ、ソワレさん。私はフェリアに――戦争を仕掛けにきたんです。」
思いもかけず反ってきた物騒な台詞と微笑みに、フレデリクとソワレが言葉を失ったのは言うまでも無かった。
続きは天幕で、と場所の移動を示唆し一旦話を中断する。
案の定と言うか、全く予期していなかった答えにフレデリクもソワレもどこか落ち着かな気にしている。
(人選間違えたかな……)
が、この二人がベストのはずなのだ。の都合的にも、状況的にも。
程なくして中庭に到着し、かなり立派な天幕が鎮座していることに気付く。
小さくていいと言ったのに、と言う苦情は言葉にせずに飲み込んだ。入口近くに一人の女性兵士が佇んでいるのを見、にこりと微笑みかける。
「ご苦労様です。中には入れますでしょうか?」
「は!お疲れ様です。はい、準備は全て整っております軍師殿。」
敬礼と共に反ってきた言葉に、ありがとうございますと謝辞を述べる。相手はそんなの様子に恐縮した態度を崩さない。辟易している本音など露にも出さず、更に続けた。
「ご配慮に私が感謝していたと、ライミ殿にお伝え願えますか?お陰でゆっくり休めそうです、とも。」
「はい、確かに承りました。僭越ではございますが、当長城司令官より軍師殿のお世話を仰せつかりました。レイアと申します。何かご要望がございましたら、遠慮無くお申し付け下さい。」
「まぁ……過分なお心遣い、本当に痛み入ります。お手を煩わせるのは心苦しいですが、何分不慣れな身です。よろしくお願いします。」
にすれば当然の言葉も、こと軍人には新鮮かつ感銘を与えるものらしい。後々それに気付くのだが、被った猫が剥がれないよう細心の注意を払う。
「ところで軍師殿、お食事は如何なさいますか?」
「そうですね……流石に煮炊きはできませんので、出来ればこちらにお持ち頂けますか。」
畏まりました、と頭を下げた兵士を労い天幕を潜る。フレデリクとソワレもその後に続き、北国らしい造りの天幕にほぉ、と感嘆の声を漏らした。
「頑丈な天幕ですね、流石はフェリアと言うべきですか。」
「確かに。入口が二重になってるのは、暖気が逃げないようにする為なのかな。」
「お二人とも、どうぞ中へ。」
に促され、足を踏み入れた中は何とも豪奢な設えだった。先程の兵士の心遣いだろうか、暖を取るためのストーブは赤々と燃えておりヤカンが蒸気を上げている。は手慣れた様子でそれを火から外すと、備え付けのテーブルの上に置きお茶の仕度を始めた。
「……お二人とも、今回の行軍で――此処に到るまで、と言う意味ですが。何かおかしいと思ったことはありませんか?」
天幕の中に芳しい薫りが漂う頃、漸くが切り出した。目を丸くしたソワレとは対照的に、フレデリクは難しい表情をする。
「……その表情ですと、フレデリクさんもお感じになられていたようですね。」
例えて言うなら苦いものを無理に飲まされたような表情のフレデリクに、が苦笑する。訳が分からない、といったソワレが眉を潜めた。
「恐らくヴィオールさんと……ソール辺りも気付いているのではないかと。いえ、気付いておらずとも違和感程度は感じているでしょうね。」
「そうですか……ああ、ソワレさん。そんな表情なさらないでください。」
ヴィオール、と名前が出た時点でソワレの眉間に刻まれた皺が更に深くなったことに気付き慌ててフォローする。
「……ソワレさん、この長城で一悶着あったとは言え、今回の行軍は順調に来ていると思われませんか?」
「屍兵との戦いは……」
「確かにありましたが、あれは偶発的なもの。我々の運が悪かった……いえむしろ、良かったのかもしれませんが。」
良かった?と眉を潜めたソワレに、苦笑する。
「ま、それはこちらの話。本題は別です。長城までの道すがら、戦闘になったのは一度だけ。順調ですよね。
いいえ、むしろ――順調過ぎる。」
「つまり君は襲撃を予想していた、のかい?」
「ええ。それも人外の者による襲撃ではなく、人による襲撃を。」
詳しく説明してくれないか、と言うソワレの要望に対し一つ頷くとは順を追って話し始めた。
「そもそも、今回の行軍をペレジア側が予測していないとは考え難いんです。人選こそ予想外だったかもしれませんが、イーリスがフェリアに同盟下による援助を求めることは容易に読めた。……これは、よろしいでしょうか?」
「うん。君も言ってたよね、無い袖は振れないって。」
「そうです。むしろエメリナ様がその決断を下したのは遅いくらい――ま、諸事情ありますから、これについては敢えて言及しません。イーリスに来て日の浅い私ですら思い付く、簡単に予想のつくこと。……フレデリクさん、貴方がもしペレジアの将校でいらしたら如何なさいますか?」
話を振られたフレデリクが、渋面を作りながらも口を開いた。
「……もし、私がペレジアの将校であれば両国が同盟を組む前にそれを阻止します。」
「ええ、私でもそうします。そして、それに一番効果的なのは特使を潰すことだとも。――お分かり頂けますか?」
「だけど、襲撃は屍兵による突発的なものだった……」
「待ち伏せの部隊が、屍兵の餌食になった可能性も否めません。ですが、エメリナ様が朝議の席で派遣を決め実際に出発するまで一昼夜。イーリスに潜伏している密偵がこの長城、又はフェリア本国に居る密偵に繋ぎをつけたとしても派兵させるには余りにも時間が足りない。可能性があるなら、背後からの襲撃の方が遥かに高い……」
「イーリスに密偵が潜伏していると?」
と、これはフレデリク。確かに認めるには勇気のいる内容だが、こればかりは誤魔化してもしょうがない。
「ええ。居ますよ、確実に。今回の騒動でどの程度炙り出せるかは賭けですが……我々が戻る頃には大分風通しが良くなっていると思います。」
件のデヴォン伯爵の捕縛を皮切りに、今頃イーリス宮廷内では血の雨が吹き荒れているはずである。
その切欠を作った自分が言うのも何だが、これを機にある程度内通者の特定・排除を行って貰わねば後々困ることになる。外の敵を相手にする前に、内側に居る敵を掃討するのは戦の常識。どちらがより厄介かなど、火を見るより明かだろう。
「お待ちください、イーリスに内通者がいるなど……!」
「結果はイーリスに戻ってから、ご自分の目で確認して下さい。それよりも今は、これから先の事の方が我々にとっては大事です。」
生粋の騎士――エメリナに剣を捧げたイーリス人として、フレデリクが裏切り者の存在を認めたくないのは分かる。
だがもう既に貴族の中から約一名は確実に出ているのだ、それ以外にも相当数の内通者は存在しているだろう。後はエメリナとフィレインに任せてきたが、どの程度炙り出せるかは彼女達の実力次第だ。
「話を元に戻します。イーリスからフェリアへ特使が派遣され、援助の申し出がなされる。フェリア側がどう結論を出すかは分かりませんが、それを阻止するのが通常の対応でしょう。勿論、これから先にその妨害が無いとも考え難いですし……」
むしろ本格化するだろう、通常であれば。
「……でも、ここに至るまではそれが無かった。考えられる理由は二つだね。一つは君の言う通り時間が無かった場合。もう一つは、イーリスには内通者が居ない場合。」
「希望的観測で言うなら、後者です。しかし、言わせていただくならそれはあり得ない。……私が考える理由も同じく二つですが、内容が異なります。」
「……それをお伺いしても?」
尋ねるフレデリクに、無論と頷く。むしろその話をする為に、わざわざここまで足を運んでもらったのだ。
「一つは、ペレジアがイーリスとフェリア、両国を相手どっても勝てるだけの自信がある場合。一国ずつ相手取るより、纏めて相手をした方が効率だけで言うなら遥かに楽ですからね。」
「可能性は?」
「……無きにしも非ず、と言ったところですか。何しろ、ペレジア側の情報が全くと言っていい程少ない。判断し兼ねるんです、現状では。」
フィレインの話ではペレジア側に放った密偵は、その殆どが大した成果を上げられぬまま帰還もしくは掃討されているようだった。城下ならともかく、王宮に密偵を放つのは人材の無駄だとエメリナが判断したらしい。それが早計だったかどうかは、まだの中では答えが出ていない状態だ。
「じゃあ、残るもう一つは?」
ソワレの問いに、束の間の物思いを中断し一つ息を吐く。ここからが本題、その残る一つがが現在最も憂慮する――最悪と考えられるシナリオなのである。
「フェリアが既に、ペレジアと通じている場合です。この場合、イーリスの生き残る目は――皆無と言っていいでしょう。」
果たして告げられた内容に、フレデリクとソワレは今度こそ絶句したのだった。