神剣闘技 ]
「――と、言う訳でこの後武闘大会についての作戦会議を行う。皆、遅れないよう集合してくれ。」
一夜明け、朝食の席でそう口にしたクロムに自警団の面々は各々頷いた。
「やーっとか!待ちくたびれたぜ!」
「会議ですよ、ヴェイク。本番にはまだ、数日後です。」
「わーってるって!それでもこう、血が沸くちゅーか。」
「力が有り余ってるのはいいが、本番前に怪我しないどくれよ?」
血の気が多いヴェイクに対し、フラヴィアが苦笑しながら言う。
おう、任しとけ!と曲がりなりも王に対する口の利き方では無いヴェイクとその彼の正面に居たミリエルが溜息を吐く。
「。他に、何かあるか?」
「そうですね……時間は半刻程後でよろしいでしょうか?」
これは同席するフラヴィアへの確認だ。 為政者としての執務もあるだろう彼女に問えば、問題無いよと返ってくる。
「では、半刻後にお借りしている会議室で。その他は私からは特にありませんよ、クロムさん。」
「そ、そうか。じゃあ、一度解散するか。」
「はい。」
何のことは無いと頷くに対し、クロムの態度が若干不審だ。昨夜のリズの言葉が原因だろうことは、あの場に居た者にしか伺い知れなかったが。
「では、私はお先に。会議の準備に行って参りますので。」
「あ、ああ。……いや、。」
「はい?」
何でしょう?と首を傾げるが、告げる言葉が見つからない。第一、昨夜のなどとこの場で口にすれば要らぬ誤解を招きそうだし、リズから言われた言葉を彼女は聞いていない。――聞いていたところで、正直に答えるような女でないことは百も承知だが。
「クロムさん?どうかしましたか?」
「あ……いや。何でも、無い。」
リズとフラヴィアの視線が少々心臓に悪いものだったが、それを除いてもは全く変わりの無い反応を見せないでいる。
リズ曰、彼女の態度が普段と変わりなければ見込みは無いとのことだが、そもそも何の見込みで結果を自分は望んでいると言うのだろう――それが最も不可解だった。
「そうですか。では、皆さん。お先に失礼しますね。」
言って席を立ったの後に、自身も仕事のあるフラヴィアが続く。
あ、何か見覚えのある光景、と誰しもが思う。確か彼女はあの時も、静謐な熱を孕んでいなかったか。
「……君。君、何かあったのかい?」
誰もが言いあぐねる中、唯一ヴィオールが口を開いた。その言葉にぴきり、とリズやフラヴィア、そしてフレデリクが僅かに身を硬直させるも、問われた当のは少しばかり首を傾げただけだった。
「何か……と言われますと。」
「いや……その。何か、あったような気がしたのだがね。」
「そうですか?特に……思い当たる節はありませんが。」
だが勿論その言葉を丸々信用するほど、ここに居る全員が彼女の軍師としての能力を低く評価していない。
笑いながら人を欺くことなど、彼女にとっては朝飯前なのだ。
「いや……何も無いなら、良いのだけどね。」
「はぁ。特に心当たりがありませんので……」
問題ありませんよ、と微笑むはやはり普段通りだ。しかし、勘の鋭い者と理由を知っている者にはどうしても僅かな違和感が拭え無い。
「何も無いなら構わんだろ?、書記官が待ってるよ。」
「はい。それでは皆さん、お先に失礼しますね。」
フラヴィアが彼女を促し、それに倣ったが続く。違和感の正体に気付いる者も気付いていない者も、それがクロムに関わることだと何となく察してはいた。その彼らの脳裏にその彼の実妹の言葉が甦る。
曰、クロムはを怒らせる天才だ、と。
今度ばかりは納得せざるを得ない一同であった。
「……申し訳ありません、遅くなりました。」
がフラヴィアと共にその部屋の扉を潜った時、会議に出席するメンバーは既に勢揃いしていた。
会議用にと割り当てられているだけあって体格の良い青年が四、五人いても圧迫感は無い。ロの字型に配置された机の思い思い場所に座り、残る彼女達を待っていた。
「いや、時間通りだ。問題は無いさ。」
上座のすぐ脇に腰を下ろしていたクロムがそう呟き、を手招いた。
特に準備の必要の無いクロム達にできることと言ったら、精々会議の開始時間を守ることくらいだ。後は、遅刻しそうな人物の首根っ子を引っ張ってくるくらいで。
「これで全員揃ったね?」
「……はい。」
フラヴィアの問いには若干目を細めたが答え、頷きと共に目配せを送る。受け取ったフラヴィアがにやり、と笑いじゃあ始めるかと開始を促す。
「……、フラヴィア?」
一連の仕草を怪訝に思ったクロムが彼女達の名を呼ぶが、返ってきたのは言葉の伴わないの笑顔で。
クロムの正面に座したフラヴィアは何でも無いよと答え、もそれ以上は何も口にせず上座から立ったまま室内を見渡した。
「……遅くなりましたが明後日に迫った武闘大会の作戦会議を始めたいと思います。進行は僭越ながら私が、務めさせて頂きます。」
言って彼女は小脇に抱えていた遊戯盤を広げ、更に続けた。
「闘技場は東西フェリアのほぼ中央に位置し、その規模はほぼこの城と同じ広さを有します。観客の収容人数は八百から千、我々はその衆目の前で西フェリア代表の九人の精鋭と闘うことになります。ここまでで何かご質問はありますか?」
「武器の使用制限はあるのかい?」
「基本、無いよ。勿論、常識的な範囲内でと注釈がつくけどね。」
ソワレの疑問にはフラヴィアが答え、が後を引き取る。
「騎馬・天馬等に乗騎しての戦闘も申請・許可されていますので、それはご心配無く。」
ソシアルナイトやペガサスナイトの面々が安堵の声を漏らし、フレデリクがそれは?と広げられた遊戯盤に視線を落とした。
「あぁ……これからご説明します。」
何の変哲も無いその遊戯盤は、白と黒の駒を使い相手の王を奪取するのを目的とした盤上遊戯の一種である。は通常の
「
こちらの王はクロムである。彼を中心とし、黒の駒を横一列に並べる。
「隊列の順序は決めているのか?」
「いいえ。遮るものの無い、見通しの良い平坦地ですからね。あまり意味がありませんので。」
返ってきた答えに問うたクロムは勿論のこと、フレデリクやヴィオールらが眉を顰めた。
「……こう言った拓けた地形では、下手な小細工は逆効果なんですよ。利用できる地形も無いのなら、力と力のぶつかり合いになります。闘いの目的上、正々堂々とやるのに越したことはありませんし。」
「確かに一理ありますね。」
ミリエルが相槌を打ち、眼鏡を片手で押し上げる彼女独特の癖を見せた。
「全力で相対する兵を叩きのめし、勝利をもぎ取る。シンプルですが、
「そうだな!簡単でいいじゃねぇか!へへっ、腕が鳴るぜ!」
正々堂々、正面からぶつかると宣言した軍師にクロムとヴェイクが頷き合い逸る気持ちを言葉共に滾らせた。
その傍らでフレデリクやヴィオールが何やら言いかけたのを、フラヴィアが視線で制す。スミアとリズが若干不安げな表情をし、ソールとソワレが互いに意味深な視線を交わした。カラムは相変わらずの存在感で空気と同化しており――がふと、動きを止めた。
「?」
その不自然な動きに気付いたクロムが名を呼ぶが、呼ばれた当人では無くフラヴィアが人指し指を唇の前に立てた。
「…………行ったかい?」
「ええ。無能な軍師だと、お嘲笑いになりながら出て行かれましたよ。」
「は?」
とフラヴィアのやり取りにクロム以外全員が目を丸くし、彼女らに視線を集中させた。
「ふん。無能はどちらだかね。」
「どうせ末端です。捨て置いても大事無いとは思いますが。」
「あたしだって蜥蜴の尻尾だけを掴むつもりは無いさ。あんたを侮辱したツケは
「……楽しみにしております、とこの場合お返しすべきなんでしょうか。」
周囲を置き去りにした会話に、全員の視線が突き刺さるが彼女達は全く頓着しない。ふん、と鼻哂したフラヴィアはそのまま席を立つと部屋の入口に向かって踵を返した。
「どちらへ?」
「あたしにはあたしの仕事があるからね。それに、あんた達を信頼して大会の代表を任せたんだ。作戦会議に嘴突っ込むのは野暮ってもんだろ?」
「……分かりました。ご期待に添えるよう、微力ながら尽力させて頂きます。」
相も変わらず惚れ惚れするような男前の女傑だ。
肩を竦めたフラヴィアを引き止めるような真似はせず、も不敵な笑みで以て見送る。肩越しにその笑顔を見、こちらも獰猛な笑みを零したフラヴィアが何かを思い出したように呟いた。
「あぁ、それと。」
扉の前に立った彼女は、しかし振り返りはせず言葉を続ける。
「謙遜も度が過ぎると嫌味になるからね。……楽しみにしてる。」
ひらひらと片手を振りながら、部屋を出ていくフラヴィアに肩を竦めることしかできなかったであった。