神剣闘技 ]U

 

「「異議ありーーーーっ!!!」
咄嗟に叫んだのは、リズとヴェイクだった。最初から九人、と聞かされていたので全員が全員とは思っていなかったが、まさか自分達が外されるとは思っていなかった二人でもある。

「軍師権限で却下します。」
しかし、返ってきたのはにべもない即答。出鼻を挫かれた形になったリズとヴェイクが、う、と声を詰まらせた。

「なんで!?なんで!!どーして私が外されるの!?」
「俺様もだ!おい、!!お前、何考えてやがる!?」
「リズ様、落ち着いてください!」
「ヴェイク、貴方もです。落ち着きなさい!」
立ち上がった二人を、その傍らのフレデリクとミリエルが間髪入れず抑え込んだ。事情は把握していなかったが、軍師の意図をある程度読むことのできた者でもある。

「わ、私も!納得、できません……!」
「えーと。、僕のこと……」
外されたスミアやカラムも異を唱え、珍しい反応にクロムが僅かに目を丸くした。

「では、ご納得頂けるように今から人選の理由と――勝つための方策をお話しします。それから、カラムさん。忘れておりませんので、ご心配無く。」
「そ、そう?なら、いいや……」
良くねぇ!と再度騒いだのはヴェイク、その彼を一瞥しては続けた。

「私が今回の戦いの性質を考えるに当たって、まず真っ先に外したのがリズさん。貴女です。」
「何で!?」
「当たり前でしょう、リズさん。私は貴女が自分の立場をお忘れになるような方では無かったと思っていたのですが?」
立場、と言われたリズが一瞬押し黙った。だが、納得できないのはヴェイクやスミア、カラムだろう。彼らが口々に異を唱えようとしたのを、クロムが制す。

「皆、最後まで話を聞け。は何の考えも無しに、事を動かす奴じゃない。――それは、お前達だって良く知っているだろう。」
一度戦線から外されたことのある男の言葉には説得力があった。その彼に一つ、視線で礼を言うとは更に言葉を綴る。

「癒し手であるリズさんは勿論の事、実戦経験の少ないスミアさんも同様です。遮蔽の無い開けた場所では、本人の実力が物を言います。身を守る術の無い、また守ることが覚束ない人は足手纏い以外の何物でもありません。――自覚が無いとは言わせませんよ、お二人とも。」
ならば、と今度はヴェイクが声を上げようとし、しかし片手を上げたに御される。

「まさかとは思いますが、非戦闘員に近い彼女達を。言わば敵陣の真っ只中に置いて出撃する、なんて仰いませんよね?ヴェイクさん。カラムさん。」
「うぐ……」
「て、敵陣なの……?」
「観客の殆どがフェリア国民です。フラヴィア様にお預けしようとは思っていますが、それでも周囲に侍るのはフェリアの兵。万一何かあった時、彼らが護るのは自国の王です。賓客とは言え、何かあってからでは遅いんです。例えどんな形のフェリア側の弁明であっても、事と次第に依っては取り返しのつかないことだってあるんですから。聞くつもりが無い、と言うのが正直なところですけどね。ならば例え戦力が減るとしても、確実に彼女達を守れる人員を割くしか無いでしょう。」
「ではその根拠は?私に不満は無いが、この人選の理由には興味があるね。」
ヴィオールが尋ねれば、傍らのソワレが肘鉄を送り込む。余計な事を言うな、とその表情が語っていた。

「自らの身は勿論の事リズさんとスミアさんを確実に守り抜いてくださる実力のある方を選びました。彼女達の守りに気を取られて、自身の身の守りを疎かにすることの無い高い実力の持ち主。その条件の上で選んだ結果がヴェイクさんとカラムさんだった、それだけです。」
「だ……だったら、フレデリクこそ適任じゃねぇか!?」
「それ加えて今回の戦いでもう一つ鍵となるのが、スピード。重装歩兵にあたるお二人では、戦列移動に支障が出る確率が高い。速過ぎても遅過ぎても駄目なんです。」
速過ぎる分は調整すればいい、と言うかもしれないがそれができるのなら最初からヴェイクを組み込んでいる。それこそフレデリクの代わりに。良くも悪くも、一度戦闘になると周囲が見えなくなる傾向のあるヴェイクを投入するには、危険が大きすぎるのだ。

「ちょ……ちょっと待ってさん!だって、私しか杖使えないんだよ!?誰か怪我でもしたら……!」
「わ、私も!天馬の乗り入れも許されているって仰ってましたよね。だったら、私でも……!」
「今のスミアさんでは、敵からの攻撃を受けた際に戦列がそこから崩れる恐れがあります。故に参戦は認められません。リズさん、貴女に関しても同様。いえ、それ以上に。回復に力を割かねばならぬほどに時間が掛かっては、我々に勝機はありません。言ったはずです。今回の戦局の鍵はスピード、先手必勝の一言に尽きると。」
ぐうの音も無く黙り込ませられてしまった二人が助力を求めてクロムを見遣れば、彼も首を横に振りの言い分の妥当性を認めた。クロムにしてみればとにかくリズを今回の戦いから外すことができれば、後はに任せるつもりでいたのだ。ヴェイクとカラムを外したのには少々驚いたが、スピードと足並みを重視した戦術と言うのであれば妥当な人選だろう。

「リズ。スミア。」
静かなクロムの声に、二人がその声の主を振り返った。

「人選の件は俺も了承している。理由に納得しているし、いや本当はお前達も理解しているんだろう。この戦いに掛かっているのはイーリスの未来そのものだ。ここは収めてくれ。それから、ヴェイク。カラム。」
「……おう。」
「はい。」
「俺からも頼む。この二人を守ってやってくれ。」
実兄であり王弟、そして団長でもある彼からそう、頭を下げられてしまえば二人とも頷くしかない。全てを納得したわけでは無いが、それでも力量を見込まれての護衛ならば納得できないわけでもないのだ。

「ご納得頂けたようなので、先に進みます。作戦の内容ですが……」
「待って、さん。」
もっとごねるかと思ったヴェイクとカラムが素直に頷いたのを見、は皆の注意を再び遊戯盤に注意を引き寄せた。ところが、意外なところで横槍が入り彼女はその声の主と視線を合わせることになる。

「リズさん?どうかしましたか?」
さんが私を外した理由って、本当にそれだけ?だって最初、立場を考えろって言った。お兄ちゃんやさんが私を外したのって……」

言い淀むリズに対して、さてどうしたものかとは傍らのクロムに視線を移した。自分が言ってもいいものかと実兄たる彼に確認を取れば、返ってきたのは静かな首肯。聡明さは時として残酷なのは、クロムも重々承知してくれているのだろう。

「……そうです。先程申し上げた通りの理由が半分。残りの半分は、貴女がイーリス王家の正当な姫君だからです。」
さん!!」
「黙っていろ、フレデリク。」
「例え、今。こうして自警団に身を置いていても。貴女がイーリス王家の楔から逃げ出すことなどできない。――それが分からない貴女では無いでしょう。」
「………分かってるよ。」
「でしたら。今回の戦いから貴女を外した理由も、分かっているはずです。」
「……分かってる!分かってるけど!!」
珍しくに食って掛かるリズの姿に、スミアやフレデリクが狼狽した様子で対峙する二人に視線を走らせる。その他のメンバーもその二人ほどでは無いものの、目の前にある光景に釘付けになっていた。

「……リズさん。貴女はまだ若い未婚の、王家の姫君なんです。こんな見世物以外の何物でもない、武闘大会などに参加させられるはずがないでしょう。」
「み、見世物だって……分かってるよ、私だって!で、でも!真剣勝負なんだよ!誰かが怪我、するかもしれないじゃん!特にお兄ちゃんなんか、何にも考えないで突っ込んで行くし!」
「十分に承知しています。――大丈夫です、クロムさんは私が何に代えても守りますから。」
「おい、……」
逆だろう、普通と漏れた苦情は当然黙殺。妹の駄々の理由に使われる愚兄の矜持など、の知ったことではない。

「お兄ちゃんの代わりにさんだって怪我して欲しくない!さんだけじゃなくて、フレデリクだってソワレだってソールだって……!」
「貴女の仰りたいことは分かります。ですが、それでも。何と言われようとも、貴女を今回の戦いに参加させることはできません。例えクロムさんが許可されても、私がエメリナ様から頂いている執行権限に於いてそれを跳ね除けます。」
「俺だって許可しないぞ。」
「分かってますよ、クロムさん。」
フラヴィアとの約定にもあった通り、この戦いだけに限定すればクロムの権限はのそれを上回るかもしれない。だがその二人の見解がリズを参加させないとの点で一致を見ている以上、万が一でも彼女の参戦の可能性は皆無なのだ。

「リズさん。貴女が何を恐れ、憂慮しているのか私とて理解していないつもりはありません。貴女には貴女なりに戦う理由があることも。ですが、その全てを差し引いても。貴女を今回の戦闘に参加させるつもりも、予定もありません。」
「どうして!?私がお姉ちゃんの妹で、王家の者だから!?それだったら、お兄ちゃんだって条件一緒じゃん!」
「同じじゃないでしょう。貴女は女性で、あっちは男性。クロムさんが武闘大会に参加したところで、この国の綺麗なお姉様方にまあイーリスの王子様はやんちゃ坊主で可愛いのねほほほほと言われる程度で済みますが貴女の場合はそんな程度じゃ済まないんです!」
「き、聞いてないぞ!?」
「黙ってた方がいいよ、クロム。」
段々とヒートアップしていくリズとのやり取りに、及び腰になったクロムが嘴を差し込むがそれは当然の如く無視される。

「じゃあソワレは!?ミリエルは!?さんだって、未婚で若い女の子じゃんか!!」
「ソワレさんもミリエルさんも貰って下さる方が決まってるからいいんです!」
「ちょ、!?」
さんっ!?」
まさか自分に飛び火するとは思っていなかった自警団の女傑達が顔を真っ赤にさせた。何を、と言った彼女達の視線がそれぞれヴィオールとヴェイクとにぶつかる。

「じゃあさんは!?さんも決まってるの!?」
「決まっているわけないでしょう!相手も居ないのに!私の場合は最初から問題じゃないから良いと言ってるんです!」
「ちょっと待て!何が最初から問題じゃないんだ!?」
流石に黙っていられなくてクロムが再び口を挟めば、ぎろりとリズとの両名から鋭い視線を突き付けられて。

「ちょいちょい口を挟まないで下さいクロムさん!話が進まないじゃないですか!問題じゃないと言ったのは、私の方で全く問題視してないってことです!たかが武闘大会に出場()たくらいでガタガタ言うような器の小さい男などこっちからお断りだと言っているだけです!!」
盛大に切った啖呵に何故かソワレとミリエルからぱちぱちと拍手が上がる。なんつー男前だ、と男性陣が思ったのはこの際ご愛嬌だ。

「だ……だって!それじゃ……だって!そんなの!私には聖痕だって、持って……!!」
「リズッ!!」
それまでで一番鋭く重い声が、その先の言葉を遮った。びくりと身体を震わせて彼女の顔を仰ぎ見れば、あの時のように表情を厳しくしたがリズを射抜いていて。

「馬鹿な事を言うんじゃありません!たかが痣の一つや二つで自分を貶めるなど、誰が赦しても私が赦しません!いいですか、誰が何と言おうと貴女は現王エメリナの実妹!その誇りを他ならぬ貴女が持たずして、誰が持つと言うのです!!」
「そうだけど……!そうだけど!!だって、王女なのにって言われて!でも王女だからとも言われて!そんなのばっかり!私ばっかり!それなら王女になんて……!!」

すぱぁんッ!!

ッ!?」
さんっ!?」
興奮して言い募るリズの言葉を、甲高い音が断ち切った。雲行きが怪しくなってきた言い争いに、いい加減仲裁をせねばと思っていたクロムとフレデリクが目の前で起こった光景に目を剥く。

「…………っ!!」
「言っていいことと悪いことがあるでしょう、リズ。もう、それが。分からない程の子供だとは、言わせませんよ。」
諭すような、打って変わって水面のような静かな声。
その前に響いたのは、の左手がリズの片頬を打ち抜いた音だった。

止める間も無く目の前で行われた暴挙にフレデリクが飛び出そうとするが、それはクロムが身体を張って止めた。咎めるようなその視線を、首を左右にゆっくりと振ることで封じる。

「今の自分の在り方を、他人のせいにするような無様な姿を晒すくらいなら。今後一切、処世に関わらず平和で閉ざされた狭い世界で生きなさい。幸か不幸か、貴女にはそれを選び得る権がある。何も自らの足で動き、選択をし。辛いことも多い世界で生きる必要など、何処にも無いのだから。」

右頬に残る灼熱感。打たれたのだと、じわりと染み出してくる感覚にリズはそれまで我慢していたものがぽろりと零れるのを感じた。一粒、二粒。数えられる程だったそれが、瞬く間に滂沱の流れとなる。

「……い。」
「リズ……様?」

「嫌い!嫌い!!大っ嫌いっ!!お兄ちゃんもお姉ちゃんも!!さんの、馬鹿ーーーーっ!!」
顔を口にして叫んだリズが、流れる涙を隠しもせずにスカートを翻した。とクロムを除く、呆気に取られた一同の前から脱兎のごとく駆け出して行く。

「フレデリクさん!追って下さい!!」
「は!?あ、いやしかし……!!」
「いいから行け!!」
戦術師(下級兵種)がグレートナイト(上級兵種)を部屋の外へと蹴り出した。一連の鮮やかな所作に、そこかしこから感嘆の拍手が巻き起こる。


「……お見苦しいところをお見せしました。」
聴衆に一礼したの元に、その中の一人であったクロムが歩み寄った。は、とする他の面々の前で何の問題も無い様に向き直りの左手を取る。

「……赤くなってるな。」
「手加減はしましたけど……すいません。」
「いや、この場に姉さんが居ても同じことをしたと思う。あいつも普段は聞き分けがいいんだがな。」
「彼女には彼女の、譲れぬものがあるんですよ。分かってはいましたが、流石にそれと彼女の王女としての風評を秤に掛ける訳にはいきませんでしたので……」
ああ、と頷いたクロムは公衆の面前で実妹をひっぱたくと言う暴挙に出た彼女を咎めもせずに、僅かに赤みを残す左手の指先に唇を落とした。
ぎし、と空気が凍る中クロムとは我関せずとばかりに話を進めていく。

「……本来なら。俺が言うべきことでもあったしな。すまん。」
「いいえ。他人から言われた方が、良い場合もあります。それに例え大事の前でなくとも、ご兄妹の間でしこりを残さない方がいいでしょう?」
「だからと言って、お前に暴言を吐いて良いと言うわけでも無い。後で俺からもお前に謝るように言っておく。」
「クロムさん。」
が首を左右にゆっくりと振り、それ以上は言うなと言外に告げた。謝る必要など、無いのだからと。

「……前々から思っていたが。お前はリズに甘いな。」
「そうですか?まぁ、基本女性と子供に優しくするのは当然ですけど。」
何処の騎士か、と突っ込みたくなるような信条に苦笑を零し指先から唇を離す。利き手では無く、加えてかなり手加減しての平手打ちだ。むしろ、変に威力を殺したの方にこそ負担が大きかったかもしれない。

「大丈夫か?痛むところとか……」
「ええ。大丈夫です。もう、明日には闘技場のある街へ移動しなければなりませんし……」
「そうだったな。」
「……仕切り直しに、お茶でも淹れましょうか。」

それが完全に二人の世界から脱してくれる為のきっかけであるのなら。
見せつけられてる感でお腹一杯の仲間達が、反対するはずも無かったのである。

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