神剣闘技 ]V

 
「それにしても、あいつは全く成長していないな。」
「?どなたがです?」
勝手知ったるとばかりにが手早く淹れた紅茶を堪能しながら(鋼の味はしなかった)、クロムが何かを思い出したように呟いた。

「あぁ、リズだ。……昔、俺が自警団を作った時も同じようなことがあってな。」
あの時も大変だった、と遠い目をしながら零すクロムにが何やら含んだ笑みを堪えながら切り分けた茶菓子を彼に差し出す。

「クロムさんのことです。自分も参加すると言ったリズさんに、理由も聞かず駄目だと頭ごなしに仰ったんでしょう?」
「……お前には昔話すらできんのか。」
「簡単な推測ですけどね。クロムさんが自警団を作られた、ご自分で出来る戦いを始めようとされたのと同じように――先程も言いましたが、リズさんにもリズさんなりの戦う動機と理由があったんですよ。それを聞きもせずに、頭から駄目だと言うのは良くないと思います。」
穏やかに諭されたクロムは、一瞬ぽかんとし次いで苦笑を零した。敵わんな、と続けたその表情はそう言いつつもどこか嬉しそうな困ったような複雑なもので。

「お前は姉さんと同じことを言うんだな、。姉さんと同じことを、違う言葉で。」
懐かしそうにそう呟いたクロムに、も先程の彼と同じような表情で苦笑を返す。

微笑み合うその姿は、軍主と軍師と言うよりも――

「……熟年夫婦って感じだよな。」

この不用意なヴェイクの一言により、スミアがティーカップをひっくり返し。
今度こそ意図せずして空気をぶち壊すことに成功したのである。


「で、今度こそ本当に仕切り直せたわけだけど。」
ソールが十分に含みを持たせた言葉で笑顔と共に宣言し、ばつの悪そうな表情をしたクロムとがさっとその視線から逃げた。

「本当にこのオーダーで行くつもりなんだよね、クロム。」
「あぁ。リズやスミアを出せないのはが言った通りだし、ヴェイクやカラムなら二人を任せても安心だしな。」
「クロム様がそう仰るなら、私には異存は無いんですが……」
スミアがちらとを見、その先の言葉を濁す。やはり回復の担い手が居ないのは、参戦しないとしても。否、しないからこそ不安なのだろう。

「仰りたいことは分かりますが、こればかりは譲るわけにはいきません。多少の怪我は織り込み済み、御前試合とは言え戦いに出るのです。無傷で居ようなんて、誰も考えてませんよ。」
最もが考えている作戦が万事上手く行けば、それこそこちら側の負傷は精々かすり傷程度で済む筈なのだ。勿論まだそれは話していないことなので、スミアが納得するわけが無いのだが。

「リズのことは、副長任せにしちゃって大丈夫なのかい。。」
「さて、どうでしょう。盗み聞きをする趣味は無いので、状況は分からないのですが。」
加えて先程から少しばかり風の精霊達の機嫌が悪い。結界の保持に支障は無いのだが、実態を持たない視線の雨が正直かーなーり痛いのだ。

「大丈夫だ。フレデリクも居るし、リズもそこまで子供じゃない。さっきは反論の余地を見つけられなくて、爆発しただけだろうからな。」
実兄にそう言い切られてしまえば、ソワレも言葉を切るしかない。最も彼女の場合、を信じていないと言うよりはあの堅物を絵に描いたような上官に繊細な乙女心が理解できるかどうかが不安なだけだったのだが。

「……それにしても、少し意外でした。冷静な貴女が手を上げるなんて。」
「そうですか?まぁ……少々、大人気なかったのは反省していますが。ミリエルさん。」
ほぼ空になった彼女のティーカップに二杯目を注ぎながら、自嘲気味に呟いたが傍らからの心配性な視線に微笑を返す。大人気なくとも、効果はあったはずなので反省はせども後悔はしていない。

「……クロムさんには、お話したことですが。」
自身も椅子に腰を下ろし、ティーカップを傾けながらポツリと呟く。

「――まず、間違いなく。ペレジアとの戦いは避けられません。何故なら。」
「ペレジアに剣を納める気が無いから、だったか。」
「はい。そうなれば、クロムさんは当然前線に赴かれる。」
「ああ。」
当たり前のように頷いたクロムに、スミアが驚いたように目を見開いた。最も気付いたのは彼女の隣に居たカラムだけだったのだが。

「恐らく――ですが。エメリナ様も、前線とは言わずとも戦いそのものには赴かれるでしょう。本国でただ座していることを良しとされるような方ではありませんので。」
「それに加えてこの国の主力たる天馬騎士は、女王陛下の親衛隊でもある。動かすのなら、それ相応の理由が必要になるだろうからね。」
「その通りです、ヴィオールさん。多分その線で、本国で踏ん反り返ってるであろう貴族や元老をきょうは……説得するおつもりでしょう。」
「今、脅迫って言いかけなったか?」
ヴェイクの鋭い突っ込みを笑顔で躱し、は先を続ける。

「そうなれば、聖王家の血統を守ると言う大義からもリズさんを本国に残すよう要求がなされるはずです。例え聖痕が無くとも、彼女が王家の血を引くことは明白。人心を纏めると言う意味からも、エメリナ様はこの条件をお飲みになるでしょう。」
「姉さん、は?」
「……例え、エメリナ様が了承されても。当のリズさんが、自分の意志で首を縦に振らなければ意味が無いんです。最悪の形で彼女の身が駒にされてしまいますので。」
「政略結婚か。」
「……その程度で済めば、まだマシでしょうけど……」
政略結婚程度で渋面を作るクロムには想像もつかないだろう。だが、産む性に属する女にはそれ以上の苦行だってあるのだ。どの可能性にせよ、それを防ぐにはある程度の諜報戦と何より、

「――彼女自身の、絶対の意志が要求されるんです。リズさんが、リズさん自身の意志で望み、そしてその望みを叶える為に必要な犠牲だと割り切って。その覚悟ができて、初めて王宮内に巣食う、魑魅魍魎共と五分(イーブン)に戦える。……私自身が彼らを少々甘く見過ぎていたのが、まず第一の失策だと言われても仕方ありませんが……もう少し強引な手を使ってでも、フィレイン達と王宮内の掃除をしてからでもこちらへ来るべきだったかと、今では思うのですけど……」
「……なんか、すっげー物騒な話に聞こえるのは俺様の気のせいか?クロム。」
「……いや。気のせいじゃないとは思うが、気のせいにしておいた方が幸せになれるぞヴェイク。」
今更悔やんでも遅いのは十分承知だ。溜息を一つ吐き、話を戻しますと告げる。

「仮に、リズさんが王宮内に留まることを良しとせず。ご姉兄妹揃って親征されるとしても。」
「……あまり現実的では無い様に思われますが、可能ですか?」
「可能です。その程度のことでしたら、宮廷内に蔓延る貴族の二、三家を抱き込めば十分に。勿論、選定には万全を規す必要がありますが……」
「なー俺、ちょっと頭痛くなってきたんだけど、気分転換に外出てきていいかー?」
「ここからが本題ですので、却下させて頂きます。脱線させたくなければ、あまり所々で突っ込みを入れないで下さい。」
の立場上その疑問に答え無いわけには行かないのだ。時間は無限にあるわけでは無いと言うのに。

「仮に今後彼女が比喩的な意味では無く、戦う術を手に入れたとしても彼女は後衛配置です。それは良くも悪くも――癒しの杖を使えると言う点も勿論含みますが。前線で指揮を執るには圧倒的に力も経験も不足しています。エメリナ様もクロムさんも。それだけはお譲りにはならないでしょう。」
「……そうだな。何と言われようとも、前線部隊には組み込めん。」
「私が指揮官でもそうしますから、まずこれは動かしようのない決定事項です。ですが、これはリズさんにとっても良いことのはずなんです。」
「何故だい?」
と、ソワレ。確かに後衛より前衛の方が損傷率は遥かに高い。戦場経験のあるシスターや僧侶は、そう数が居るわけでも無いのだ。

「本人の適正故です。彼女は視野の広い、柔軟な発想と思考の持ち主です。つまり後衛――戦場を全体から見渡せる位置で、逐次変わる戦況を読むことができる。」
「それって、さんと……」
「専門職である私と全く同じことを要求するつもりはありませんが……もし仮に私が戦場に配置されるとしたら、前線でしょう。使える駒を遊ばせておくほど、この戦いに余裕はありません。少なくともイーリスには。だとしたら、どうしたってその視野は前衛に限られてしまう。」
居るかどうかは別問題だが、とは胸中で付け加えて更に続ける。

「加えて、私程では無いにせよ。風の精霊の加護がある。つまり、熟練度を上げれば私が時折やっていることを彼女もできる可能性があるんです。――これは、大所帯になればなるほど重要かつ求められる能力です。ただし、ここで言う熟練度と言うのは――」
「魔力の事じゃないんだよね、。戦場全体を視る――つまり、視野の広さは訓練次第で多少なりとも広げられるから。つまり君は、今後の事を踏まえて、リズにそれを望んでいるわけだ。」
「……酷だと思われますか、ソールさん?」
「いや。少なくとも僕はそうは思わないかな。だってリズはの言う通り、頭も良いし、シスターとしてだって少しでも皆の役に立とうって努力しているのを知ってるから。」
ソールの言葉に自警団の面々が頷くのに、見ている人は見てくれているのだと、かの姫君に教えてあげたかった。己の利害の絡んだ歪な価値観で、彼女を苛んだ阿呆な連中の中傷に何の意味があるのだと。

「で、でも……それなら、そうと。リズさんに教えてあげればよかったんじゃ……」
そうすればリズは泣かずに済んだのでは、と口にするスミアに、だがクロムが首を横に振った。

「どんな言葉や形であれ。他人から言われたことと自分で気付いたのとでは、その意味に天と地程に差がある。スミア、お前だって天馬騎士としての戦術の全てを教わったわけじゃないだろう?が言いたいのは、そう言うことだ。……違うか?」
「いいえ、その通りです。クロムさん。――少なくとも、私はリズさんが。それを実現させるだけの才能と意志を。持っていると考えています。そして恐らく――エメリナ様も。」
「姉さんも、か。」
「ええ。でなければ、妹君に自警団への入団をお認めになるとは思えませんし。エメリナ様がどこまでを彼女に求めて、そして望んでいらっしゃるかを。その胸の内を私如きが推し量れることではありませんが――」

概ね間違いは無いだろう。自らに最も厳しいあの女傑は、身内だからこそ甘やかしは絶対にしない筈だ。


「――例え目的地が向かい風の先だとしても。私達には。進まなければならない、理由があるのですから。」

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