神剣闘技 ]Z

 
「……このまま。」
クロムが静かに口を開く。

「続けても、こちらは構わない。だが大勢が決した今の状態のまま続けることに、意味は無い様に思えるのだが。」
彼が尋ねかけるのはマルスであり、判定者達だ。誰しも急所を押さえられている以上、このまま続けるのは不利だと考えるだろう。

「……っ何をっ!」
とは言え、当事者が自国の面子に掛けてそう簡単に諾と言えるはずも無い。現にフレデリクの槍の穂先に喉元を狙われているアーマーナイトが呻き、だがそれ以上は言葉を紡ぐことができずに終わる。鋒は常にその動きを追っているのだから。

「……。」
「……雷の矢よ、我が意に応えて降り注げ!サンダー!!」
軽く溜息交じりに呟いたクロムの意に応え、黒衣の魔道士が叫ぶ。フードの下で施されていた呪文の詠唱、それを終えた彼女が片手を振り上げた先に雷の矢が出現した。
その数、九。

「!!」
だがその全てが動くことは無く、一本だけが会場中の視線が集まる中で急降下し――彼女の押さえこんでいる兵士の頭すれすれの――床の一部を礫に変えた。

会場中からどよめきと緊張が走り、そこかしこで固唾を飲み込む音が響く。
石の床を軽々と砕く威力があれば、人間の頭など容易に叩き割ってしまうだろう。

「……勝敗は、大将同士の一騎討ちで決める。それを望むか、東軍の将。」
「そうだ。」
クロムが言わんとしたことを察した判定者の言葉に頷けば、マルスがぴくりと唇を震わせた。
一条だけ撃ち落とされた雷の矢は、西フェリアそして何より判定者達への警告だろう。曰く、いつでも自分達の将の望む形の戦いに持ち込むことができるという無言の脅しだ。屈するのは業腹だと言っても、事実は事実。――現実にするのは、そちら次第だと言う意図は果たして譲歩か将又驕りか。
受け取り方は様々であろうが、素早く視線を交わした四人の判定者達の意思疎通は滑らかだ。ほぼ同時に頷き合う。

「――確かに大将以外の雌雄は決した。だが、それでよろしいのか?」
武器を納めたままの大将以外も、東フェリア側の戦士は全員が無傷で残っている。西フェリアの大将と一騎討ちをする必要など――それこそ、一対複数で試合を続行しても規約上は何の問題も無いと言うのに。
完膚無きまで戦い、勝つ――そう言った選択肢も取れるのだ。態々、東フェリア側が敗北するような確率を上げなくても良いのに。

「構わない。無論、貴方方がそれを認めてくださった上でのことだが。」
即答するクロムに、再び判定員達の視線が交わされる。
彼からの提案が公平であるかどうかは問題では無い。一番重要なのは、フェリアの王を決めるこの戦いに相応しいか否かだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)


「武器を納められませい!!」
一際高く張り上げられた声に、達が何の迷いも無く一斉に武器を引いた。途端に会場からどよめきと歓声が沸き上がり、興奮と熱気とが更に強くなる。
東西同条件――それまでの経緯を考えれば、西側に遥かに有利な条件――で、仕切り直された闘いが大将同士の一騎討ちとあれば興奮しない方が嘘だろう。
通常であれば自ら不利な条件を提示した東フェリア側の観客からは罵声の一つでも飛びそうなものだが、そこはやはり戦士のお国柄。罵声どころか、その胆力と潔さに盛大な賛辞の声(大半は野太い声で、実に聞くに堪えなかったが)がクロムに送られている。


「フラヴィア様。」
「あぁ。」
武器を納めたフレデリクが主の傍に馳せる姿を眼下に、リズは隣で口の端を歪める東王を呼んだ。彼らが一斉に武器を引いたことで、西フェリア側としては何の文句も付けられない。これでクロムとマルスの闘いに要らぬ横槍や異論を唱えれば、それは西側そのものへの謗りとなって彼ら自身に跳ね返ってくるだろう。

「あの……さんは、ここまで予想していらしたんでしょうか……?」
「当たり前だよ、天馬騎士の御嬢ちゃん。あの抜け目の無い性悪軍師が、この闘いに隠された嫌らしさに気付かない訳が――気付いて、利用しないわけが無い。」
「嫌らしさ?」
と、これはヴェイク。ちなみにその言葉が発せられた途端その抜け目の無い性悪軍師から、刺すような視線がフラヴィアに向けられた。

「……この試合には、勝利条件が設けられていない。そう、ですよね?」
「そうさ。姫御前。よく気付いたね。」
「ずっと、違和感は感じてました。何でさんは、短期決戦に拘ったのか。人数を絞ってでも、敢えて攻撃に特化させるような編成にしたのか。確かに闘って勝つ、のが目的でしょうけど……その勝利条件を(・・・・・・・)。私は貴女の口からも、さんの口からも。一度も、聞いていない。」
ヒュウ、と禿頭の男が口笛を吹く。

「行儀が悪ぃ。そうさ、逆に言うなら闘って勝つ事だけが唯一の勝利条件。それが例えば相手側の全滅……死亡であっても、規約(ルール)上は何の問題も無いのさ。」
「……そんな!」
顔色を変えたスミアとは異なり、リズは全く動揺した素振りを見せずに更に続けた。

「だけど、そんなこと。我が国にしたら、試合に負けるより悪い結果に繋がります。これから同盟を組んでもらいたいと願っている相手に対して、僅かな軋轢でも無いに越したことは無いのだから。」
「だからこそ、の布陣であり戦略だろうね。闘って勝つ、そしてその判定をするのは四人の判定者だ。逆に言やぁ、その全員を納得させられるだけの結果であれば。例え、どんな形であっても勝ちは勝ちなのさ。」
つまり、イーリス――からしてみれば勝つことはさほど重要な要件では無い。それこそ負けたとしても、フェリア側からしてみても必要な同盟は最終的には締結することになるだろうから。無論、その際の条件は東西では異なるであろうから好意的な方に実権を握ってもらうのに越したことは無いのだが。

「先程仰った、試合にも勝負にも敗けるつもりは無い、とはこのことだったんですね。」
「ああ。出場人数を絞る理由としてね。それが四人の判定者達に、有無を言わさず勝ち負けを決めさせる為の布石だとは思ってなかったけど。」
つまりにとって敵は西フェリアだけでなく、自国敵国から選出された判定者達もその範疇に入っていたのだとフラヴィアは指摘する。確かに彼女の判断は間違ってはおらず、あくまで目的をブレさせなかったその手腕に込み上げてくる笑みを抑えきれないでいる自分も同じ穴の貉なのであろうが。

(ま、最も。その策も、クロム王子があたしに突き付けてきた条件があってこそなんだろうが……)
謁見の後に行われた外交の席で彼が出してきた条件は、恐らくの中では可能性の一つ程度にしか考えていられなかったはずだ。あの場で出された条件が他のものであれば、この闘いの結果も変わっていたやもしれない。
そう考えると、想像以上に危険で厄介な――それでいて魅力的な人材だとつくづく思う。イーリスやクロムには悪いが、彼女は今の彼らでは御しきれない――と言うか。その能力を十分に発揮させることは、恐らくできないだろう。
は言わば、諸刃の剣。使う者次第で、毒にも薬にもなる―――

「こりゃあ、本腰入れて獲りに掛からないとね。」
思わず漏れたフラヴィアの物騒なセリフに、リズはその愛らしい顔を思いっきり歪めたのだった。

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