神剣闘技 ][

 
一方武器を納めその役目を終えた各陣営の戦士達は、各々の大将の邪魔にならぬよう彼らの背後へと場所を移し始めていた。
いち早く移動を終えた西側に対し、フレデリクとがクロムの傍らに残る。

「クロム様。」
「あぁ。分かっている、フレデリク。」
ここから先は小手先の効かない、文字通りの一騎討ちだ。フレデリクの心配の虫が騒ぎ出すのも仕方ないと言えるが、やるからには勝つの宣言通りクロム自身に負ける気は全く無い。気負っているのとは違う、不思議と負ける気がしなかったのだ。
からこの闘いに仕掛けられたカラクリを聞かされた時は正直腹が立って仕方なかったが、彼女はそんな有象無象を前にしてさえ笑ったのだ。

『詭弁だろうと弄すれば立派な弁ですよ。――だからこそ、私達は。どこからも文句の付けようのないくらい、完璧に。真正面から闘って勝ってやろうじゃないですか。』

そして、その言葉通り。彼女の立案した作戦は九割方こちらの思惑通りに運び、後は将同士の一騎討ちを残すのみとなった。その策も、まずクロムが必ず勝つとの前提をして組まれたものだ。
つまり、彼女は。は。

クロムが勝つと、最初から信じてこの戦術を編んだのだろう。
その絶対の、全幅の信頼に。

。」
この期に及んでもまだ目深に被ったフードを取ろうとしない彼女は、名前を呼ばれると少しばかりその面を上げふわりとクロムに微笑みかけた。
「行ってらっしゃい、クロムさん。」

この笑顔に応えずして、いつ、誰が。クロム(じぶん)以外の何が、応えると言うのだ。
微笑む彼女に送り出されるように、一歩前に進み出て。

クロムは尚も佇む蒼の少年と、真っ向から対峙したのだった。



「マルス。」
間合いの一歩外。
目算上の間合いぎりぎりで足を止め、クロムは再びその名を呼んだ。

「……お前には色々と聞きたいことがある。」
ちらり、と視線を背後に流す。

「……彼女のことを?」
質問に質問で返されたとは言え、彼から言葉が戻ってくるとは思っていなかったクロムは驚きに軽く目を見開いた。

「それだけでは無いがな。」
記憶に引っ掛かっている光景に言及すれば、僅かにマルスが身動ぎをする。

「だが、知っているなら教えて貰いたい。あいつの……のことを。」
「知ってどうする?」
「俺自身が知りたいのは否定しないがな。だが何より自身が知りたがっている。それがあいつの安心に繋がるなら――叶えてやりたいと思うのが男だろう。」
ましてや一度、その好機を身勝手な理由で握り潰しているとなれば尚の事。

「…………」
その言葉に矛盾を感じたのか、マルスから怪訝な気配が流れ出す。これにはクロム自身も拍子抜けしながら、言葉を続けた。

「……あいつには記憶が無い。俺と出会う前の記憶が、綺麗さっぱりとな。だから自分自身のことを、自身が何より知りたがっている。」
「……!!」
伝わる動揺から、やはりマルスがのことを知っているのだと確信を得る。だが彼女が記憶を失っていることは知らず、つまり。

「ごほんっ!」
纏まりかけた思考を、わざとらしい空咳が遮った。びくりと身体を震わせ、恐る恐る首だけで振り返ればフード越しにも分かる鋭い視線がクロムの背中に突き刺さってきて。

「………」
無言のその圧力は、余計なことを言うなと告げている。
マルスにも同じような、それでいてこちらは幾分優しい眼差しが注がれそれ以上の会話を差し止めた。

「……そうだな。この場で言葉を用いるのは不粋か。」
幾分むっとしたもののその全てに気付かなかった振りをし、そっとクロムが剣の柄に手を掛ける。
マルスもその気配を感じたのだろう、同じように剣に手を伸ばし軽く腰を落とした。
判定者達の合図は必要無い。互いの呼吸が互いに告げる。

「――その剣に語って貰う!」
抜き放たれた一振りの双剣(・・・・・・)が、ぶつかり合い火花を散らしたのだった。

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