神剣闘技 U]
「っよぉぉぉっし!!」
判定者の腕が一斉に上がった途端、フラヴィアが拳を握りながら席を蹴った。
「っしゃぁぁぁ!!」
「クロム様、良かった……!」
「いいなぁ。クロム、目立ってて……」
ヴェイク、スミア、カラムも次々に皆済を口にする。そんな中リズだけが静かに佇んでおり、先程から彼女の態度を訝しんでいた西王の傍らに居た青年が眉を寄せた。
「クッソ!うちも結構いいセン行ったんだがなぁ……」
「ふふん。読みあいでアイツに勝てる奴が早々いてたまるかい。」
見事な禿頭を抱えて呻く西王とその彼に鼻高々と自軍の選手自慢をするフラヴィア、だがやはりリズだけはそんな中でも微動だにしない。
「つか、あの軍師の嬢ちゃんホントにナニモンだ?この闘いの嫌らしさを逆手に取って勝ちにくるなんざ、並の輩にゃできねぇだろ。」
「だから言ってるだろ。勝てる輩なんざ、早々居ないって。基本敗けず嫌いなアイツの一番の目的は勝負に勝つことでも、試合に負けてもいいなんて思っちゃいないさ。」
先程王の口から直々に告げられた、この闘いに隠された意図。その意図に気付くも気付かないも当事者次第であろうが、この後もフェリアと交渉を続けなければならないイーリスからしてみれば気付かなかったで済むことでは無い。
だからこそは気付いてもそれを公言せず、加えて逆手を取る為に何の文句も不満も。挟む余地の無いくらい完璧に勝利する術を選んだのだ。これでもし負けることの方がイーリスの今後に良く作用すると踏んだのなら、恐らくクロムとフレデリク辺りもこの闘いから外されていたことだろう。
勝負に勝利するために考案された鮮やかな戦術と、その彼女の信を裏切ることなく勝ちをもぎ取った力。
誰もが目の前で繰り広げられた闘いに興奮し、歓声を上げている中不意にその叫びは上がった。
その異変に最初に気付いたのは、西王の隣に腰を据えていた青年だった。貴賓席から身を乗り出さんばかりに席を蹴った少女の身体へ、自らの禁忌も忘れて咄嗟に手を伸ばす。
あまりに唐突なその出来事に、さしものフラヴィアやヴェイクも咄嗟に動くことはできず。
「駄目ぇ!お兄ちゃんっ!!」
リズの絶叫を傍目に聞いていることしか、できなかったのだった。
「大丈夫か。」
ファルシオンを鞘に納めたクロムが右手を差し出せば、戸惑ったようにその手をマルスが取る。
ウェイトの差と視野の悪さを突いて得た勝利、無論勝ちは勝ちだがあのまま剣のみでの手合わせを続けていたら軍配がどちらに上がっていたか――正直、定かでは無い。
「あ、あぁ。」
ぐっ、と力強く握られた手に不覚にも視界が揺らいだ。その、あまりに記憶にある温かさと重なって。
だから、と言い訳をするつもりは無かったが。正直、それを目にしても身体が動かなかった。
風を突き破って飛来する、一条の矢。
自分達に――クロムに。狙って放たれた凶器に、声を上げることすら。
できなかったのだ。
それは正に一瞬だった。
東軍側の勝利に、ある者は歓喜をある者は落胆を。思い思いに叫んでいた中、その歓声を縫うようにして射られた矢羽。
視界の端に捉えた残像に、聴衆の間に声無き驚愕が走った。
鏃の鋒が向かうのは、彼らの視線の先。つい先程まで死闘が演じられていた、闘技場の中央。狙われているのは、東軍の将――
射手も聴衆も――その場に居た誰もが命中を疑わなかった。結果、もたらされる惨劇も。
果たして、硬直したクロムとマルスの視界を夜闇色と深い森の馨が横切った。そしてその遮蔽物に勢いを殺され、絡め取られた一本の凶器がそれを貫いて鋒を覗かせている様も。
「……二人とも、怪我は?」
静かに問い掛けるのは、その外套の持ち主。
彼女――が。
その声音と表情を同じくして――二人を庇うように立っていたのだった。
「い、いや……大丈夫、だ。」
「そうですか。マルスさん、あなたは?」
「あ……は、いえ。その……」
突然のことに思考が追い付いていっていないクロムがしかし反射的にそう答え、一つ頷いたはマルスにも同じ問いを繰り返した。
「……どこか、怪我でも?」
「いえ。怪我は、どこにも。」
狭い視界で尋ねかける彼女を見上げれば、良かったと僅かに笑んだ顔に行き当たる。その表情があまりにも優しくて、マルスは思わず唇を噛み締めた。
「怪我が無いのは重畳でしたが……」
だが、そんな笑顔も束の間。
彼女の面から表情と言う表情が抜け落ちる。
そしてその視線が射抜くのは――矢の飛来したその先で。
「フレデリク!」
がその一点を睨みつけながら叫んだ。
クロムの守役も努める騎士は階位の差に不満一つ零すことなく馳せ参じ、凛と立つ女軍師に跪き頭を下げる。
「後は任せます。イーリスの騎士としての役目、存分に果たしなさい!」
「はっ!」
言い終わるや否や、の姿がかき消える。残されたのは、微かに森の馨を含んだ一陣の風で。
他の自警団の面々も、速やかに散開し第二派を警戒する。姿を消した人物に何処へ、などと問う者は居ない。
彼女は、は。この自警団の誇る軍師なのだ。
彼女には彼女の役目があるように、自分達には自分達の役目がある。例え命ぜられなくとも、ここに残った自分達の為すべきことは自分達が一番よく知っている。
第一つまらぬ横槍を入れてきた者の末路など、火を見るより明かなのだ。何せ喧嘩を売った相手が悪すぎる。――最も、だからと言って同情する気は微塵も無いが。
未だ驚愕に硬直している観衆を見上げながら、彼らは不敵に笑ったのだった。