神剣闘技 U] X
「こっちだ。」
フラヴィアとバジーリオの案内で、クロム達が連れてこられたのは建物内のとある一室だった。
そもそも闘技場が始まりとなって発展した街であるので、城のような大掛かりな建物は存在しない。ただ東西中間地点であることや、実権委譲の要でもあるのでそれなりの規模を備えた館が代わりに存在する。
闘いを終えたクロム達はこちらに移り、調印の立ち会いや催される宴へと出席する予定であった。
「フラヴィア様、バジーリオ様。」
「おぅ、御苦労さん。」
扉を守る衛士にバジーリオが気安く声を掛け、続くフラヴィアが辺りを見回した。
「リサラは?」
「中におられます。他の女官殿らは宴の支度へと赴かれました。」
「そうか、ご苦労。」
労う両王に一礼を返した兵が扉を開き、一行を迎え入れる。控えの間ではあるが、室内はしっかりと区切られており身分の高い者を迎える為の場だと無言でつげていた。大理石な敷き詰められた廊下をフラヴィアとバジーリオに続くリズが、先程から話題に上がっている名前を尋ねた。
「フラヴィア様、リサラさんて?」
「あぁ、あたしの乳母でね。エリダの母親さ。」
「じゃあ、彼女は……」
「こいつの乳兄弟だな。今でこそ結婚して多少落ち着いたが、一昔前はこいつと二人、東フェリアの雌虎と……」
「バジーリオ。」
余計なことまで喋ろうとする大男の口をぴたりと黙らせ、それ以上の不名誉の流出を止める。
確かに妙齢の自分が伴侶を迎えていない大半の理由はその眼鏡に適う者が居ないからだが、二割から三割の理由は目の前の大男を含めた不甲斐無い男連中のせいだとフラヴィアは半ば以上に確信していた。
「おお、おっかねぇ。おっかねぇ。女ってのはどーしてこうもおっかねぇ生き物なのかね?」
「俺に振らんでくれ、バジーリオ。」
「恐れながらながら私もクロム様に同意させていただきます。」
じとりとフラヴィアに睨まれたバジーリオが死なば諸共とばかりにクロムとフレデリクに同意を求めたが、そのおっかない生き物に日頃から鍛えられている二人は賢くも明言を避けた。不用意な言葉を口にした途端、おそらくそれは百倍になって跳ね返ってくるだろう。
「フラヴィア様。」
と、そのバジーリオの窮地を救ったのは薄情な同性では無く、全くの第三者の声だった。一斉に声のした方を振り向けば、目の前に伸びる廊下の突き当り――早い話が、今まで閉じられていた扉だ――から、ひょっこりと初老の女性が姿を覗かせていた。
「リサラ。」
「全く何事でございますか。部屋の中までお声が響いておられましてよ。」
顔を覗かせた理由をこれから数年フェリアの実権を握る女傑への叱責に変え、眉を顰める。流石に若いとは言えぬ年のようだが、背筋をしゃんと伸ばした姿や通った声から年齢による衰えを感じさせない。うつくしく年を重ねた女性であろうことを、わずかのやり取りで感じさせられた。
「あぁ、ちょっとね。ところで……」
「様のお支度なら済んでございます。今、丁度お呼びに行くところでございました。」
東フェリアの女傑も養い親には敵わないらしい。バジーリオの失言から自分に飛び火することなど先が見えていた彼女は適当に濁すと、尋ねる前に返ってきた答えに頷いた。
「で、どうだい?」
「それはご自分のお目でお確かめ下さいな。さあ、皆様も。」
室内へと続く扉を招き入れるように大きく開いた彼女に従い、一行が足を進める。程なくして特に家具の無い部屋の中央にぽつんと一つ、こちらに背を向けて背もたれの無い椅子に腰かけている姿に視線が行き当った。
「……?」
一瞬誰だ、と思ったのは実はクロムだけでは無い。
何故なら、そこに居るはずの人物とその普段の後ろ姿とあまりにもかけ離れていたためである。そんな彼らの動揺が空気越しに伝わったのだろう、当の本人が静かにこちらを振り向いた。
「だ………ッ!!?」
誰、と思わず口を突いて出ようとした言葉は、咄嗟に繰り出された実妹による再度の肘鉄により辛くも漏れることはなかった。代わりに零れた呻き声に、驚いた件の人物が椅子から立ち上がり身体ごと完全に振り向く。
「、さん?」
「……はい?何でしょう、リズさん。」
確かめるようなリズの問いかけに、目の前の彼女は――は、何でもないことのように頷いて。
瞳を瞬かせるその姿は普段とは全く異なる出で立ちをしていた。
上半身を背中から回した布で乳房を包み、胸の上で交差させた先を首の後ろで結ぶ。
それらは全て純白の正絹だ。曇り一つ無い雪地を纏った中、腰の横でサッシュを絞る留め具だけが紅玉の彩りを添えていた。纏め上げられた黒髪を彩るのは、細く細く依られた金細工。彼女が僅かに動く度に涼やかな音を周囲に響かせるそれは、服の色と相まって深々と降る雪を連想させた。
「す……すっごい!すごい凄い!!さん、凄い綺麗……っ!!」
驚愕は一瞬にして歓喜と羨望に変わり、年頃の少女らしく素直な感嘆の声を上げる。リズのそんな反応に、は少々困ったような微笑みと見慣れた仕草を見せて。
「ありがとうございます、リズさん。」
声も仕草もやはり見知った彼女のもの。だが、その白い面を彩る化粧といい、見たことの無い髪形服装にクロムやフレデリクは違和感と戸惑いを隠せない。
しかしリズはそうとは思わなかったのだろう。二の足を踏む男共をさっさと置いて、彼女の元へ駆け出して行ってしまった。
「凄い綺麗、さん!ホント、一瞬誰か分かんなかったくらいだよ!?」
「それは……ちょっと、複雑ですね。」
興奮して話すリズに対し、は本当に複雑そうである。まぁ確かに普段とは全く異なった趣きによる反応が返ってくるであろうことは自分でも予測していたので、苦笑するだけに留めたのだが。
「あ!いや、あの、あのね!別に、普段がどうって意味じゃなくて……!」
「ふふ。分かっていますよ、リズさん。」
兄並みの失言に気付いたのか慌てて弁解するリズに、は頷く。素直に感嘆してくれての言葉に、腹を立てる程子供では無い。
「う、うん。あっ……!!」
「リズさん?」
はっと小さく声をあげて我に返ったリズの様子に、首を傾げる。どうしたのだと視線で問えば、今までのはしゃぎっぷりが嘘のように目の前の少女は小さく縮まってしまった。
「リズさん?どうか……しましたか?」
重ねて尋ねれば、俯いたままもじもじと肩を揺らす。何か言いたいことがあるのに、切欠が見つからない。――そんなところだろうか。
「――それで、何かお気づきになりましたか?」
のその一言に、リズははっと弾かれるように顔を上げ目の前に佇んでいる彼女を見つめた。咎めているのでも、怒っているのでも無い。ただただ緩く微笑んで、リズが口を開くのを待っている。
「ん。うん……あのね。私ね、今回。ずっと、外から見てて……本当に、最初は何でって思ってたんだけど。でもね。」
「…………」
中々要領を得ないリズの言葉にも、焦らず急かさずは辛抱強く続く言葉を待っていた。
リズが自らの力で自らの答えを導き出すのを。
「でも、今回。ずっと……見てて。ううん。『見えた』の。人の流れって言うのか……戦いの流れって言うのか、な。それが、全部とは言わないけど結構、いっぱい。」
「はい。」
「それって、きっと
「いいえ。私では。彼らが自分達の意思で貴女の傍らに居たんですよ、リズさん。でも、彼らが居ただけで見えるものでもありません。現に、天馬騎士であるスミアさんは何も仰っていなかったでしょう?」
「それってスミアの魔力が低いから?」
「まあ確かに一因ではありますが。……ですが、空を征く天馬を駆る彼女らは魔力如何に問わず総じて
逆説的な言い分であるが、やはりそう言ったことはどうしたってある。軍師としての資質、天馬騎士としての資質。
生まれ持った天賦の才というものは、どうしたって存在するのだ。
「うん。……それでね。流れが見えてたせいなのか、さんが何を考えてどんな指示を出してたのか。全部じゃないけど、私なりに気付いたの。もちろん、全部合ってたわけじゃないし外れてたことも、あったけど。――でもね、多分さんがいつも見ている風景が私にも見えたの。……ほんの、少しだけど。」
本当に、ほんの少し。情けない話だが、今のリズにはそれが精一杯だった。見続けることも、考えることも。あれ以上続けていたら、多分自分はパンクしていたはずだ。
そして、だからこそ――気付いた。
彼女が、が。恐らく常日頃から今回リズの見ていたもの以上のものを見ている彼女の毅さ、辛さを。
そして、何故、自分を。この戦いから外したのか。その、理由も。
「……正直、少し怖かったよ。見るってことが、こんなにも辛いことなんて思わなかった。でも、さんはそんなこと一言も言わずに、いつもお兄ちゃんの傍に居てくれたんだね……」
だから、謝りたかった。指摘された事実に激高し、何も考えられず幼い子供のように感情をぶつけてしまったことに。
ごめんなさい、とそれからありがとうと。
「――恐れを知ることは。」
リズの告白に静かに耳を傾けていたは、それが一段落つくと徐に口を開いた。
「敵を、己を知ることと同義なり。百戦を知り、千歴を詠み、万策を尽くす。乃ち、これ戦術の極意也。……私が持っていた戦術書の、最後の頁に記されている言葉です。リズさん、貴女はそのことにご自分の力で気付いてくれた。……私の方こそ、貴女には謝らなければ。ごめんなさい、と。そして――気付いてくださって、ありがとう、とも。」
いつの間にリズの前に足を進めたのか、安心する香りに意識を戻せば嬉しそうに微笑んでいるが居て。何で彼女が謝ったり、礼を述べるのか。リズには分からなかったけれど、そう言われて何故だか急に目頭が熱くなってきた。グス、と鼻を啜りじっと目の前で微笑む女性に向き直ればス、と白い手が伸ばされた。
「アイタッ!!」
「淑女らしからぬ言動へのお仕置きは、これでお終いにしましょう。」
何だと問いかける暇も無かった。ピン、と白い額の前で弾かれた指。所謂デコピンをされたリズが、咄嗟に両手で額を庇い先程とは別の意味で涙目になる。だが次の瞬間には顔を歪めて、泣き笑いのような表情になるとそのまま彼女の胸に飛び込み――
「そこまで。今、抱きついたらせっかくの衣装が台無しになるぞ。」
がしっとその襟首を掴んだのは他ならぬリズの実兄だった。そのどこか面白くなさそうな表情に、今までの感動が綺麗さっぱり吹き飛んでしまう。
「――お兄ちゃんの野暮天。」
「何が野暮だ、何が。」
ぺっと猫の子か何かのようにリズを放り出したクロムは、見慣れぬ姿をした一瞬たりともその存在を忘れることなど無い女性に向き直った。元より彼女の顔立ちが悪いなどと思ったことは無いが、こう化粧一つで別人のように印象が変わるものなのかと不思議を通り越して感心してしまった。
「クロムさん?」
「ん?あ、あぁ……何だ、。」
じっと見下ろすだけで何も言わないクロムを不審に思ったのか、尋ねた問いにはやはりどこか心ここに非ずな返答が返ってきた。
「何か、と言うか……どうか、されましたか?」
「いや……その。良く、似合っていると。思ってな。」
不審なのはそっちだと言外に告げれば、思ってもみなかった答えには目を丸く見開いた。そのままぱちぱちと瞬きを繰り返し、クロムに負けじとまじまじと彼を見上げてくる。
「な、何だ!?」
「いえ……まさかクロムさんの口からそんな言葉が聞けるとは思っていませんでしたので。何か悪いものでも食べたんですか?」
「どう言う意味だ、それは。」
「そのまんまの意味ですよ。クロムさんのことですから、『誰?』位は仰られると……」
「…………」
軍師、恐るべし。唯一の救いはその吐きそうになった暴言が妹のファイン・プレイによって阻止されて、彼女の耳には届かなかったことであろうか。
少々癖のある漆黒の黒髪をきっちり結い上げ、項から首筋、肩口を大胆に露出させている彼女が首を傾げると、髪に編み込まれていた金細工がシャラシャラと涼やかな音を立てた。
「本当に、良く似合っている。」
「あ、ありがとう、ござい……ます。」
全く視線を逸らさず真顔で言ってくるものだから、逆に言われたが頬を染めて顔を逸らしてしまった。履いているのが普段より少々踵の高めなサンダルだけあって、常より若干顔が近いことも理由の一つかもしれない。
「いかがでございますか、フラヴィア様。」
「いや、確かに良く似合ってるけど……」
「あれ、何年か前に流行った花嫁衣裳じゃねぇか?」
そんな初々しいやりとりの横で、苛烈で知られる軍師を麗しの淑女へと変身させた第一人者がうむうむと頷く。
中身を知っている分すわ詐欺かとも思わないでも無い東西の王がそれぞれ呟き、思わず振り向いたリズの前で乳母が肯定した。
「よく覚えていらっしゃいましたわね、バジーリオ様。」
「リサラ……あんた何だってそんなモンを。」
「そんな、とは聞き捨てなりませんわ。いつ何時フラヴィア様がお輿入れなさってもよいように、毎年花嫁衣装だけはその年の流行のものを誂えておりましてよ。」
「…………」
なのに毎年衣装だけが増えるばかりで……と、泣き真似をする乳母にフラヴィアが視線を逸らす。ある一定の年齢に達してから結婚と表立って口にされることはがんと減ったが、逆に搦め手とも言うべき間接手法が確実に増えた。ちなみに地味にじわじわと効力を発する現在の方が、はるかに厄介だとフラヴィアは主張する。
「まぁ、形遅れでも良く似合ってるから問題は無いね。何だったら、このまま式を上げさせちまうか……」
「そうですね、ちょうどうちの愚兄も最正装しているわけですし。」
物騒な独り言にリズがそれはそれは素晴らしい笑顔と共に応じ、あっはっはいやいや折角フェリアの花嫁衣装なんだしここは一つうちの国から婿を募ってだねとフラヴィアがリズに負けじと笑顔を張り付けて応戦する。
女性二人による壮絶な軍師奪取合戦に、バジーリオとフレデリクは目を逸らすしかない。ただバジーリオは間違ってもああはするなと、フレデリクに視線で語りかけてもいたが。
「「お二人とも。」」
すわイーリスとフェリアの大戦争かという状況を救ったのは、今まで萱の外にいた当事者二人だ。
一人は余計なことを言うなと妹を睨み、もう一人はつまらんことに巻き込むなとフラヴィアを睥睨する。
有無を言わせぬ圧力を、首を竦ませることでやり過ごした二人にすかさず溜息を吐きは口を開いた。
「そろそろ調印式では無いんですか、フラヴィア様?」
「おっと、そうだった。その席で派兵だけは確約するから、そのつもりで居ておくれ。」
「……分かりました。こちらからは討って出られるわけですね?」
「そう。やられっぱなしは性に合わないからね。タイミングを間違えなけりゃ、フェリアとイーリスで退路を絶つことも可能だろ。」
「……理論上は。」
不可能とは言わないが、恐ろしく面倒で大掛かりなものになる。先手必勝とも言える手が、果たして今の段階で仕掛けられるものだろうか。
「おいおい、二人とも。めでたい席の前に物騒な話をするんじゃねぇよ。」
「全くだ。折角の衣装が泣くぞ。」
特に今回のような格好をすることなど滅多に無い某軍師。
嘆く男性陣とは対照的にあまり衣装に深い思い入れの無いとフラヴィアは、軽く肩を竦めるだけでその小言を躱してみせた。
「そうだ、。実はマルスのことなんだが……」
「あの子が何か?」
「……その様子じゃ、既にここには居ないんだな?」
「ええ。隠行に長けていますね、年齢の割には。」
「ええ!?さん、マルスの行方知ってるの!?」
驚きを隠さないリズに、は苦笑しながら首を横に振る。
「いいえ。行き先までは。……でも、あの子とは。いつか、また。時が来れば会えると……そんな気がするんです。」
それは何の根拠も無い、の単なる勘でしかなかったけれど。
「会えますよ、必ず。……リズさん、何か気になることが?」
「え!?あ、ああ。うん。ううん。ちょっと……あるって言うか、えーとその……」
ちら、と目下に次いで一番気にしなければならない人物をちらと見上げ、眉間に皺を寄せて不機嫌を隠そうともしないその姿に溜息を吐く。
「助けてもらったことも、あんまりお礼言えなかったし……」
「なんだ、薄々そうじゃないかと思ってたけど知り合いなのかい?」
「いや、会うのはこれで二度目だ。最初出会った時に、借りを作ってしまってな。」
借りっぱなしなのはクロムの性格上、気になったままだったのだ。返せたのだけでも、今回の武闘大会に出席した意味があった。
「そちらは何かご存じありませんか、バジーリオ様。」
「ん?いや、ある日ふらっと流れてきた奴でな。って、んん?俺、自己紹介したっけか?」
「ご謙遜を。音に聞こえたフェリア西の王、バジーリオ様と言えば知らぬ者はおりませんでしょうに。」
何てことのないようにふふ、と笑ったにバジーリオの背中に冷たいものが走る。
「リサラも恐ぇが、いい勝負だなお前さん。」
しみじみと呟かれた声には、自分の世話をやいてくれた女性の名誉を慮ってノーコメントを決め込む。
「そっか……やっぱり誰だかわからないままなんだ……」
とて気にならないはずがないだろう、とリズは考える。それでもそうと確信を持って言えるのは、記憶が無くともやはりマルスと何かしらの繋がりがあるからだろうか。その関係如何によっては今後の彼女の動向に係わってくるだろう。
イーリスの為だけでなく、漸く自分の気持ちを自覚した愚兄――今の、を見る眼差しを見、本当に昨夜のことを思い出すと、愚兄としか呼べない――の為にも彼女を引き留めておきたい。
「リズさん?やっぱりなにか気になることがあるんですか?」
怪訝そうに尋ねたに、いつの間にか眉間に皺を寄せていたリズは慌てて何でも無いと首を左右に振る。
だが流石にクロムも妹の挙動不審に気付いたのだろう、じっとリズの方を見出した。感情を表に出さない方法を学ばねば、と今後の課題を胸中で自らに課してならばと照れくさそうに肩を竦めた。
「ちょっと……かっこいいよね。あの人。」
正にはにかむと言ったのが正しい少女に、顔色を変えたのは実兄だ。
「おい、リズ。」
「…………」
が、しかし。彼女の意図に正しく引っ掛からなかった軍師は引っ掛かった軍主の姿にはぁ、と溜息を零すのみ。
兄妹そろってまだまだだと思われてしまうのは、想像に難くない。
リズの隠そうとしている意図は大体予想がつくが、流石にこればかりは彼女の望み通りには運べないだろう。
何故なら、もう自分は――決めてしまったから。
胸を過ったつまらない感傷を一瞬目を伏せることでやり過ごし、改めて眼前の攻防に視線を向ける。
「リズ、お前なぁ……!」
「あ、あはは。冗談、冗談だってお兄ちゃん。」
兄の剣幕に、自らの失言を悟るがもう遅い。慌てて手を振るリズと、その彼女に迫る兄。自分の意図など恐らくお見通しであろう軍師に視線を送れば、返ってきたのはやはり溜息だ。
それでも助け船を出してしまうのは、がリズに甘いせいだろうか。
「年齢身分に関わらず、恋をするのは乙女の特権ですよ。絹より繊細な女性の心の機微が分からない唐変木は黙ってらっしゃい。」
「ぐ。」
ピシャリと言い切ったに、心当たりがありすぎる王子が胸を押さえて短く呻く。
「さん……いくら何でも唐変木は……」
「…………」
主の危機にその腹心が果敢にも参戦したが、こちらは言葉すら使わず視線のみで黙らせられた。薄く、元の美貌を際立たせるような化粧が施されているだけに、その迫力が増している。
鮮やかなの手腕に女性陣から盛大な拍手が起こり、分の悪い男性陣はこの事態に太刀打ちできそうな人物に視線で助力を請う。だがその目下一番頼りになりそうな当の人物は、人生経験が豊富なだけあって最初から絶対勝てぬ相手に挑むほど無謀でも青くも無かった。ばつの悪そうな顔で、ひょいと横を向いてしまう。
「……これだから男ってやつは。」
「全くです。」
溜息混じりのフラヴィアの言葉にが深々と頷いて同意する。
大体、二重の意味でリズがマルスに惚れるはすが無いと言うのに。
ふとした瞬間、彼女の視線が誰を追っているのか。時折見せるその愛らしい表情が、何を思っているのか。
朴念仁の代名詞たるクロムは仕方ないとして、対象たる当の本人が気付かぬとは何事か。
似た者兄弟、では無いが朴念仁の手による教育が朴念仁を育てるという悪循環を自ら立証してどうする。
当事者が聞いたら理不尽な!と抗議の声を上げること間違い無しの評価は、幸か不幸か公衆の面前で披露されることは無かった。不甲斐無き朴念仁どもの為では無い。恋する乙女の名誉を守る為である。
「な……何はともあれ、これで我が国を助けていただく同盟は成立します。その旨、疾くエメリナ様にご一報を……」
本人は上手く話を誤魔化したつもりかもしれないが、如何せんその方法が悪い。
機微に長けた者にしか分からぬ程度にリズの顔が曇り、びしりと音無き不穏な音が響く。
「…………」
「…………」
不用意かつデリカシー皆無な