神剣闘技U] Z
初めて会った時から、ずっと不安だった。
彼だけを見て、彼の傍に居たくて。周囲の反対や説得を振り切って、自警団の門戸を叩いた。そんな自分だから――気付いた。
彼の、彼女に寄せる眼差しが。彼女の彼に向ける微笑みが。自らが欲しいと渇望したものであり、自らと同じものであるのだと。
誰よりも――そう、その当事者達よりも。
「――私に何かご用ですか。」
掛けられた声にびくりと震える気配が伝わってくる。前々から思っていたが、ただ声を掛けただけで怯えるのは止めて欲しい。どうこうするつもりなど欠片も無いし、自分の落とした雷が切っ掛けだとしてもそもそもの原因はそちらにあると言うのに。
基本、過ぎたことには頓着しないことを旨としている自分だ。今更どうにもならないことをとやかく言うつもりも暇も無いと言うのに。
「――スミアさん。」
溜息混じりのその言葉に、何やら思い詰めた表情の少女が暗がりから進み出たのだった。
「……宴席は終わられたんですか?」
「え……あ、あの。ま、まだ他の皆さんは……」
「そうですか。」
ではスミアだけが抜け出してきたということか。――益々解せない。彼女が苦手としているだろう自分にわざわざクロムの傍を離れてまで会いにきた理由が。どこぞの誰かさん並みに鈍くなければ、この少女が場違いも良い所である自警団に籍を置いている理由に気付かない筈が無い。
「それで何のご用件でしょう。この後、所用が控えておりますので手短にお願いしたいのですが……」
背後を振り向き、ただ一人佇むスミアと相対するような形になる。いつもの自信なさげな表情ではあったが、その顔色の中に何かしら決意のようなものが見て取れた。
「あ!あの!わ、私!さんに、お願いしたいことがあって……!」
だからそれが何だと聞いている、と胸中だけで突っ込んで表面上は穏やかにはい、とだけ答えて先を促す。
「あのっ……わ、私!クロム様が好きなんです!そ、それで……っ!」
「…………」
顔を真っ赤にして己の胸の裡を告白する姿はなるほど、可憐で庇護欲を掻き立てるのだろう。だがのような、その感情を選り分けることのできる相手にははっきり言って通用しない。
第一伝える相手が違うだろうとしか思えない告白に早くも徒労感が湧いてきた。
「ずっと……初めて、お会いした時から、ずっと好きで……!」
「…………」
帰っていいだろうか、と流石に声には出さなかったが顔には出ていたのかもしれない。スミアがクロムを憎からず思っているのはも承知していたし、だがそれは自分には関わりの無いことだ。故に何故自分がここで足止めされなければならないのか、本気で怪訝に思っていると幸いと言うべきかその気配は伝わったのだろう。スミアはやや興奮気味な空気を引っ込めて、再び口を開いた。
「だ、だから……!お願いです。クロム様……クロム様を、私から取らないで下さい……!」
その一言に、の額にびしりと青筋が走ったのは――言うまでもないことであった。
意外と言うか予想通りと言うか――内容そのものは予想していた通りだったが――それを伝える手段に恐ろしく神経を逆撫でされたのは、予想外だった。果たしてその元凶たる
秘めた恋を成就させるために努力する姿は確かに賞賛に値する。だが、それは時と場所と状況を踏まえた上でのことだ。
加えて同じ男を愛した、ただ一人の女としても絶対看過できない言葉があった。また泣き出されては鬱陶しいので、口調はなるべく穏やかになるようまずは自身に言い聞かせて。
「――三つほど訂正させて頂きますが。」
感情を抑えると、声音は自然と低くなる。やはりと言うか、怯えられてしまって胸中で舌打ちをした。
「まず、第一に。告げる相手が間違っています。私は貴女の思い人ではありません。クロムさんがお好きなら、その旨はご本人へどうぞお伝え下さい。」
自分とは違い、彼女には告げることが許されているのだから。
「それから第二ですが。クロムさんは物ではありません。誰を望み、誰の手を取るか。それはクロムさんが決めるべきことであって、私を含めた周囲がとやかく言うことではありません。ましてや取る取らないなどとの次元レベルの話ではないでしょう。」
その健気な姿での物言いは一見一途に相手を思っているように見えて、いっそ潔いまでに種馬扱いする宮廷連中より性質が悪い。
「それから最後に。貴女が思っているような形で、私は――クロムさんを思っているつもりはありません。誰もがご自分と同じだとは、思わないで下さい。」
「え……?」
言葉だけを聞けば、彼女はクロムを何とも思っていないように聞こえた。
だが、こうして相対しているスミアには分かる。
穏やかな、ただ人が人を想うのにこれ程までに穏やかで暖かな表情をしている人の感情を恋と呼ばずして何と呼ぶのか。
「じゃ、じゃあ……!さんは、ク、クロム様を、何とも思ってらっしゃらないんですか?クロム様がお好きなんじゃ……」
「好きですよ。」
あっさりと、本当に何でも無いことかのように肯定するに、スミアは思わず言葉を失った。まるでそれが当然だと言わんばかりの答えに、じゃあ先程の答えは何だったのだと眉を顰める。
「それは……自警団の、仲間として……ですか。」
何でそんなこと話さなければならないのだと思いつつも、まぁどうせ一生口にするつもりは無いことだから構わないかと考え直す。今後、同じようなことが度々起こってもらっては困るのだ。
いつかうっかり、自分が本心を口にしてしまうとも限らない。
「そうですね……自警団の仲間と して。麾下たる軍師として。一人の人間として。……一人の、女として。」
いつからと問われたら、出逢ったあの瞬間からと答える。出逢ったあの一瞬に、自分はクロムという人間に惹かれ、そして――魅せられたのだろう。
「その幸せを――誰よりも幸せになって欲しいと強く願うくらいには。私は――クロムさんのことが、好きですよ。」
それくらいは――どうか。
(許して、くれますか……?)