遭遇戦 T 

 
「とにかく、無茶をしないで下さいね。」
全身隙無く武装したクロムにそう告げれば、仏頂面をしたまま頷く。その傍らにはリズと、彼女の護衛の任にあたるロンクーが無表情に立っている。
一方、平時の出で立ちであるの隣には同じように鎧だけを脱いだフレデリクの姿があった。

「――分かっている。」
「そう仰って、いつも矢のように飛び出して行かれるから心配なんです。」
「大丈夫!私がしっかり見張ってるから!」
「ロンクーさん、くれぐれもリズ様のことをお願いします。」
「……承知した。」
出で立ちからも分かるように、フェリア城から出陣するのはとフレデリクを除いた面々である。
その証拠にクロムの隣には、いつもある軍師の姿が無い。ほんの少し前までは当たり前――出会っていなかったのだから当然なのだが――であったのに、やけに左隣の何も無い空間が気にかかる。
今回の出陣にあたってごねにごねたものの、結局クロムの意は通ることなく現在に至ったのだ。


事は数日前に遡る。

「――山賊討伐?」
対ペレジア共闘における作戦会議の、その休憩中にこの国の王からそう告げられは眉間に皺を寄せた。

「あぁ。フェリア北東部を根城にする山賊連中の隠れ家が見つかった――いや、正確に言えば根城の一つに戻っているのが確認されたそうだ。」
「で、討伐隊を組織しようと言うわけか。」
フラヴィアの言葉を引き継いだクロムに、やはり同席していたバジーリオが頷いた。

「あぁ。頭の良い奴等で、中々尻尾を掴ませ無かったんだが……」
「件の、国外から資金提供を受けていた連中ですか。それが、今、根城に戻っていると。」
「根城も幾つかあって、一つの拠点に長居しないんだよ。仕掛けても、空振りに終わるか末端しか捕らえられなくて正直手を焼いてたんだが……」
その山賊が、北東部にある根城に滞在中だと辺りを哨戒中の兵から報告があったのだ。それも比較的長期の様子で、一網打尽の好機と踏んだのだが。

「……この時期にですか。」
は何故か渋面を崩さない。意外に思った面々が彼女を一斉に振り返れば、眉間の皺を刻んだままに続ける。

「資金流入は断ったのですから、そのうち自滅……とまでは行かなくとも、行動は減ると思いますが。」
「減るだけだろう?根絶が最終的な目的だからね。」
「それは分かりますが……何もこの時期に動かれなくてもいいでしょうに。」
言ってしまえば大事の前の小事だ。たかだか山賊討伐に軍を動かすことも無いだろう。

「さっきも言ったが、頭が回ってつい後手に回っちまうんだ。尻尾を掴んだ今、潰しちまいたい。」
フラヴィアの言うことは分からないでもないが。自分にわざわざこんな話をするのは、つまりそれが建前だと言う事だ。

「……地図を。」
これ以上の問答は無用とばかりに溜息交じりに呟けば、にやりと笑ったフラヴィアが侍従を呼ぶ。ここのところ連日の会議続きで正直うんざりしていたクロムも、嬉々として広げられた地図を覗き込んだ。

「連中は何処に?」
「今、居ると報告されてんのはここ……東北の、根城だね。」
「規模はどのくらいなんだ?」
「構成員は約百名……と、見てる。捕らえた末端の奴等の話からだと。」
「近くに村がありますね……廃村ですか?」
「いや。人口は少ないが、まだ現存しているよ。」
何故かクロムやフレデリクが会話に混ざり、の脳裏に嫌な予感を齎す。
最後にその予感に苛まれたまま彼女が口を開いた。

「……どの程度の人数を今回の任に割くおつもりですか?」
「二個師団。」
「おいフラヴィア!?」
即答された人員の数にからでは無く、バジーリオから非難の声が上がった。だがフラヴィアもも、大したことではないとばかりに取り合わない。

「それだけあれば殲滅に問題は無いと思いますが……風の精霊(ジルフェ)
呟きと共に巻き起こった小さな風に、バジーリオが目を見開く。何事と尋ねようとして、隣のフラヴィアに視線で制された。

「……数、は。百、四五十名。珍しい……双子、の指揮官……」
索敵の距離が遠いだけあって、その集中も深い。時折呟かれることは、既知のものもあれば始めて聞くようなものもあった。

「――部隊を三つに分けます。」
唐突に告げたの意識は、既に自身に戻ってきていた。リアルタイムで『見た』光景を元に、作戦を提示する。

「この北東部にある村を襲う計画を練っているようです。資金流入が絶たれたことを、既に察しているようですね。――情報の伝達が早い。この情報網は今後、役に立ちそうですね……」
「手段は分かるかい?」
「そこまでは。根城を捜索すれば、何か出ると思いますが。」
言って、地図に三個の適当な物を置く。

「一部隊はここ。村を襲うつもりの馬鹿共を、少数精鋭で迎撃します。歩兵を主体に、ただし馬に乗れると言う条件で選抜してください。森が広範囲で広がっていますから、騎兵では行動力が殺がれてしまいます。」
「分かった。後の二部隊は?」
「あの程度の規模の村を襲うのに、全員を投入するとは思えません。移動の準備を始めていましたし、一部を残して拠点を移すつもりでしょう。――と、なれば考えられるルートは二つ。襲撃後に合流する可能性も考えて、恐らくこちらの……主街道に近い道を選ぶでしょうね。これだけの規模の部隊がバラバラに行動するとも考え難い。」
の指差す道筋は、確かに主街道にほど近いだがそう頻繁に人が通る道では無い。トン、と指で軽く叩いた拓けた場所が迎撃ポイントだ。予測が外れた場合も考慮して部隊を広く展開させ、包み込むようにして一気に叩く。

「移動の準備をしているってのは、間違いねぇのか?」
「ありません。」
「無いね。」
「無いな。」
はともかく、フラヴィアとクロムにまで断言されたバジーリオがやや気圧されてそうかと頷く。直に見てきたような確信に、疑いの余地を入れさせては貰えなかった。

「……じゃあ急がないとね。第一・第二師団に、出撃命令を出す。救出部隊の人選はこっちでして構わないね?」
「無論です。貴女が私に任せたいのは、大部隊の指揮でしょう?私は、迎撃部隊に入ります。」
「話が早くて助かるよ。第一師団の師団長の下に就く形になるが、指揮・命令はあんたに任せる。――だれか、イリオンを呼んできとくれ。」
フラヴィアの命令に心得た侍従が部屋を出ていき、だがクロムが思わず声を上げた。

「ちょっと待て!、お前出るつもりか!?」
「――その為のこのタイミングでの出兵ですからね。」
「おいおい。フェリアの民を守るって立派な理由もあるんだが?」
「建前は建前の役に立てばいいんですから、別に構いませんよ。」
行くつもりも、行かせるつもりも満々な女達を前にクロムは言葉を失う。

「だから待て!何でが……いや、出るにしても俺に何の報告も無く……」
「だから今してるじゃないか。」
「ちげーだろ、フラヴィア……」
「クロムさん。」
思わず席を蹴ったクロムに、静かな声がかかる。不思議なもので、それだけでストンと気持ちが落ち着くのだ。

「今、私達はイーリスの特使としてフェリアにやって来ています。その私達が他国の軍事行為に介入するなど、あっていいはずのことではありません。」
何かあれば、それこそ責任問題になる。

「だったら……!」
「ただ、それは本来であればと言う但し書きが付きます。――先程も言ったでしょう?建前は建前の役に立てばいいのだと。臨時文官としての立場にある私ですが、個人として参戦すれば問題ありませんから。」
「屁理屈だろうが!」
「屁理屈も立派な理屈ですよ。」
つまりイーリスとは何の関わりも無く参戦すると言っているのだが、だからと言って危険性が減るわけでは無いのだ。それが分からぬ相手でもあるまい、とを見れば苦笑を返される。

「イーリスにとっても損の無い話ではあります。音に聞こえる武のフェリア軍の実力がどの程度のものか、直に知れますし。配備を進めるにあたって、その実力を知らないのと知っているのでは天と地ほどの差がありますしね。」
……先にそれを言ってやれよ……」
バジーリオの言い分は最もだが、先に言わなかったのにはちゃんとした理由がある。

「だったら俺も……!」
「ご自身の立場をお考えください、クロム王子殿下。」
絶対にくると思っていた主張を、やはり用意していた言葉で両断する。その隣では禿頭の大男がああなるほど、といった表情をしていた。

「なっ……!いや、だが、しかし……!」
「しかしもかかしもありません。戦場に絶対はありません。御身に何かあれば、イーリスとフェリアの関係に亀裂が生じますのよ?それは総じてイーリスの国益を損うことと直結します。クロム殿下、今一度思い出して下さい。貴方は、一体、何をしにこの国に来たのかを。」
クロムがに弁論で敵う筈も無く。いつぞやのリズと同じように、一分の隙も無く反論を封じ込められてしまった。概ね正論、だがここで負けてはみすみす彼女だけを危険に曝すことになる。それだけは絶対に許容できない。

「分かっている!だが、だからと言ってお前だけを行かせられるわけが無いだろう!?、お前は俺の……!」
「貴方の組織した自警団に所属する軍師ではありますが、私は私です。出自の分からぬ、けれど市井の出であることは間違い無い私が個人として出撃()るのは、全く問題無いと思いますが?」
、お前……!」
我慢できずに席を蹴ったクロムを、傍らのフレデリクが咄嗟に押さえた。
その彼から送られる非難の眼差しに、静かに目を伏せる。言いたいことは分かるが、譲歩はできない。――否、するつもりはない。

「――クロムさん。」
やや声音を変え、強制力を僅かに加えた。魔術を嗜む者、言霊の力を知らぬわけでは無い。

「聞き分けてください。」
――私が貴方にしてあげられる、最後のことだから。

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