遭遇戦 V 

 

親征、と銘を打たれたクロム達一行の山賊討伐はその首魁を含めた悉くを掃討し首尾よく終了した。

だが山賊の壊滅迄には至らず、その一部が迎撃部隊の目を掻い潜り逃亡するという結果になった。
それと言うのも迎撃の為にと準備された二個師団のうち、それに当たったのは約八割程の兵力だったのだ。迎撃の為に駐屯した場所に展開していたフェリア軍の元に、屍兵の市街地襲撃の一報が入ったのがそもそもの原因である。

勿論入った以上座視もできず、徒党を組んでいることもあり早急な対応が求められるとがその場で戦力の分断を即断。対屍兵の経験の一番多い彼女とフレデリク、そして実力は折り紙付きの第一師団長の選抜した部下数名と彼自身を率いて屍兵討伐に急遽当たることになったのだ。
大幅に作戦変更を余儀無くされ、また残った戦力で山賊の大半は捕縛、掃討できたものの首魁他数名は取り逃がす結果になった。
やはり地の利があるだけ、後手に回らずを得なかった――首魁の片方をクロム達が掃討しただけで良しとするしかないと漏らしたのはと共に屍兵討伐に向かった第一師団長だ。

「ここに来て屍兵が増えている、と言うのは私の思い込みでしょうか?」
「……いえ、ご慧眼かと。今回のように徒党を組んでいるケースは、私も今回が初めてですが。」
「町一つが壊滅させられたと言うのに、対処法しか取れないのは軍師として非常に不本意なのですが……」
現地に到着した達を出迎えたのは、未だ炎燻るかつて街だった場所で。彼女達が到着した頃には街一つが完全に灰塵に帰していたのである。
命からがら逃げ出してきた者達はほんの一握り、着の身着のまま一目散に逃げてきたと口々に告げたのだ。
今となっては遅きに喫した、だが未だ獲物を求め廃墟をさ迷う屍兵はかなりの数が居たが、ぶちキレた軍人とその彼ら以上に沸点の低い軍師が数の差などものともせず掃討したのは言うまでも無い。

「確かに小さいとは言えない被害でしたが、あれ以上の被害を防げたのも事実。――どうか、ご自分をあまり責めないで下さい。貴女が居てくださったおかげで、ああも早く対処が出来たのですから。」
「…………」
遠征からの帰路、悔しさに唇を噛み締める満身創痍の若い女軍師をフェリア兵の殆ど羨望の眼差しで見つめている。
怒りを隠さず苛烈を極めたその戦いぶりに、感化されぬ兵などフェリアにはおらぬだろう。そんな彼女の身を主から色々な意味で託されていたイーリスのとある騎士などは、こっそり頭を抱えていたのだが。

「とにかく、事の委細をフラヴィア様にご報告して。今後のご裁下を仰がねばなりますまい。」
「……そうですね。」
同意はしたもののアスランに騎乗したままのは、燻るかつての街だった場所をいつまでも眺めていたのだった。



「……さて。会議は以上だ。皆、長い間ご苦労だったね。」
フラヴィアの言葉に、そこかしこから安堵の溜息が漏れる。
そんな会議室の様子に苦笑を零し、彼女はその筆頭たる同盟国の王子に視線を向けた。

「後はこの同盟要項を書面に起こすだけだ。クロム王子と書記官殿はもう少々付き合って貰うことになるが。」
「あ、ああ……」
「はい。フラヴィア様。」
彼女の言う書記官とは、無論のことだ。エメリナが彼女に与えた臨時の執政官としての地位から、この手の会議には文官として出席していた。

「よし。バジーリオ、あんたも同席しとくれ。締結そのものは、謁見の間でやるよ。」
「おぉ。」
フェリア西部を治める偉丈夫にも声をかけ、全身を伸ばして解していた男が欠伸混じりに了承の意を返した。

「準備ができるまで、出席するやつはここで待機。それ以外は下がっていいよ。――では、解散!」
締めの言葉にそこかしこから疲労の声と椅子を引く音が響く。
まだ仕事の残っている者が次々と退出していく姿を見送り、クロムはぼんやりと隣のの横顔を眺めていた。件の野盗討伐以来、ほぼ行動を共にしているというのにあまりその実感が無い。事務的な話はすれど、いざ今後の話をしようとすればやたらと邪魔が入り――否、クロム自身がわざとらしく話を逸らしたり、口ごもってもしまうのだ。

これではいけない、と思いつつもいざ何を告げればいいのかと迷ってしまう。こーゆーところがお兄ちゃんのお兄ちゃんたる所以だよね、と呆れ半分でリズには言われることだろう(と言うか、実際言われた)。
もこの不自然なクロムの態度に気付いてはいるのだろう。だが彼女はそれについては何ら言及せず、時折寂しそうな表情を覗かせるだけ――と言っても一瞬のことで、それすらあまり定かですら無い。
入る邪魔はフェリア側であったりスミアであったり様々だが、そう言えばスミアも挙動不審の体を現していたなと思い返す。最近気付くと傍らにスミアが居ることがやたら多く、を探しに出ると言うと何やらもの言いたげにじっと見つめられるのだ。その場をヴェイクやソールに目撃されて囃されたりと、最近は心の休まる暇が無い。

「……さん。クロムさん。」
「おぉっ!?な、何だ?!?」
「何度かお呼びしたんですが……いえ、どうかされましたか?」
「い、いや?な、何でも無いぞ!?」
「…………」
一言で言えば挙動不審、一言で言わずとも挙動不審。どうすべきかと考えもしただったが、やはり追求はしない。クロムが自分を避けているのは一目瞭然で、最初こそ別々に行動したことに未だ腹を立てているのかとも思ったのだが(何しろ遠征先で合流した時、満身創痍の自分を見て恐ろしいくらいに取り乱したのだ)どうやらそうでは無いらしい。
となるとにはもうお手上げ、元々イーリスに戻れば彼の元を辞去する身だ。考えようによっては、身体を慣らすいい機会なのかもしれない――クロムの居ない空間と、時間に。
その元を去る瞬間まで、一瞬でも傍に居たい――偽らざる本音にはしっかり蓋をして。やがて来るだろう別れの日まで、遠目からでもいい、その姿の一挙一動を目と心に焼き付けて。

「――何でも無いのなら、構わないんですが。締結が終わったら、一度イーリスに戻りそれを報告する必要があります。多分、急ぎの帰路になると思いますから、お疲れであれば今日は早めに――」
「そこまで急ぐ必要があるのか?」
の声に重なったのはクロムの声。と言うのも、つい先日エメリナの言伝てを風の精霊が届けてきたからだ。
曰く、件のデヴォン伯の逮捕を皮切りにかなりの背反の証拠――反乱の盟主とも呼ぶべき人物だったので、当然と言えば当然だ――が発覚、一斉捕縛と相成ったそうだ。エメリナはかなりのショックを受けていたようだが、締める所はきっちり締める女だ。鞭の使い所と飴の使い場所は間違えるまい。

「多少時間に余裕ができたのは確かですが……それでも、早くに帰還するに越したことにはありませんよ。本来であれば、私達が帰還した後正式な文官がフェリアとの同盟を締結する――恐らく本国の方々はそう思っているはずです。」
「……何でだ?」
「それが通例で慣例だからです。通常の、時間的に余裕のある時だったら好きにしろとエメリナ様も仰ったでしょうが、今は常の時に非ず。フラヴィア様もそれがお分かりになっているからこそ、我々レベルの特使と同盟の約文を交わして下さったんです。」
最も、フラヴィアに限っては闘技会と国内事情の清算の借りをなるべく早く返しておきたいとの打算もあっただろうが。

「つまり、本来であれば後日またフェリアに来る必要が?」
「気位の高い連中のことですから、最悪呼びつけていたかもしれませんね。イーリスが力を借りる立場だと言うことを、一切加味せず。」
「な……何を考えてるんだ、連中は!そんなことをしたら、纏まるものも……」
「あくまで仮定の話ですから。そんな興奮されないで下さい。ですが、エメリナ様もお分かりになっていたから、ご自身の弟君であらせられるクロムさんにお命じになったのだと思いますよ。」
「そ、そうか……」
ごく一部、非常に他人行儀な言い方に引っ掛かりはしたが、姉からの信頼あっての今回の派遣だと言われるのは誇らしいこと以外の何物でも無い。

「…………」
あえて口にはしなかったが、加えて自分に臨時とは銘打ってあっても直属の執政官の地位と権を与えたのもエメリナの思惑に含まれているのだろうとは考えている。
現王の弟と、現王直属の文官。後者に当たっては出自だなんだと嘴が入るだろうが、今回限りであれば問題は少ないはずだ。実情はどうであれ、それだけカンバンが揃っているのだ。体面を重んじる、もっと言えばそれしか問題にしない連中の口を封じるには十分だろう。

「クロム王子殿下。書記官殿。お支度が整いましたので、謁見の間にお越し下さいませ。」
突然口を噤んだを不思議に思ったクロムが、その横顔を注視したが不意に入った邪魔にその先を尋ねることは叶わなかった。
戦時は勿論、政であっても一歩も二歩も先を考えている彼女を頼もしく思いながら何となく、腑に落ちないものを感じて――だがとにかく今はと全てを棚上げにし、クロムは彼女共々同盟締結の場に向かうべく席を立った。


そう軽く考えていた、自分の甘さを。
クロムが後悔するのは、もう少々後の話である。

 NEXT TOP BACK