遭遇戦 W 

 
「そうそう!でね、その秘密の行商人さんて言うのがすっごく強くて!」
「はぁ、秘密の行商人……ですか。」
何とも面白い名乗り方をする御仁だ、とが変な方向で感心すれば同行していたミリエルも頷く。

「お名前はアンナさんと仰るようですよ。剣技に加え、回復の為の杖もお使いになられるそうですが。」
「まぁ、お一人で行商されるような方ですから腕に覚えはあるんでしょうが……」
フェリアとの同盟締結、そして対ペレジアへの共同戦線における諸要綱――その全てを終えた帰路、長城とフェリア城の中間地点を行軍しながらのリズ、、ミリエルの会話である。
一人別行動を取っていた軍師への報告――にしては、随分私見の入り混じったものだったが。賊の討伐の為に派遣されたイーリス親征軍――と呼ぶには慎ましい規模ではあったが――に、協力してくれた佳人がいたとの言に始まり。

「うん、すっごく強かった!お兄ちゃんとかロンクーさんが呆気に取られて、ぽっかーんとしてたんだよ。」
「おい!」
後ろから上がった声はロンクーのものだ。いくら女性が苦手であっても、護衛対象からそう離れる訳にも行かず結局中途半端に声の聞こえる背後を歩いているのである。そんな彼の抗議にチロ、と舌を出して応えたリズはだって本当のことだもーんと全く持って取り合わない。

「まぁ、それは是非とも拝見したかったですね。で、その秘密の行商人さんとやらが……」
「ああ、うん。さんのね、ピアスを見てものすっごく会いたがってた。会いたがってたってゆーか、買い取り交渉をしたいってゆーのが本音だと思うけど。」
「はぁ。そう言われましてもねぇ……」
当の本人は此処には居ないし、居たところで売るつもりは欠片も無いのだが。だが、興味は無事にその行商人とやらに移ったのだろう。ちらと視線だけをロンクーに移し、軽く片目を瞑って見せた。

「元々真石は産出量が少なく、稀少性が高いですから。ここ近年は特に産出量が少なく……値段が跳ね上がっているとも聞きます。」
「そうそう、それにあれだけ綺麗に星が浮かんでたらそれだけけでひと財産だって言ってたよ。」
「なるほど。つまり私は両耳にひと財産を二つも抱えていると言うわけですか。ではいざとなったら、路銀の足しに……」
「こらこらこら。数少ない手掛かりなんでしょうが。」
話題の種になっているのは、がリズに貸与した炎華石の耳飾りである。無論それは既に返却されており、だが気休め程度と言われて渡されていた間リズはそれを首からぶら下げていた。そのただならぬ魔力を秘めたちっぽけな装飾品を目敏く見つけたアンナと名乗った行商人が、売って欲しいとリズに打診したことから始まったそうな。

少々伸びた黒髪の下に隠されるように収まったそれらは、やはりの元にあるべきなのが一番正しいのだろう。物には不思議と、収まり処というものがあるとリズは考えている。


「それと、リズさん。話がズレていますよ。」
「あ、そうだった。ごめん、ごめんミリエル。え〜と、つまり……攻撃魔法に限らず、回復魔法にも精霊の及ぼす力は大きいってことなのかな。」
「そうですね。少なくとも私はそう、考えます。人間の体を網の目のように巡っている血液、これも言わば液体――水です。ならば回復魔法を発動させる際、彼女らの声に集中してみるのも悪くはないんでしょうか。」
「なるほど……興味深い考察ですね……攻撃であれ回復であれ、司る力は基本同じと考える……」

急ぎの旅であることは間違いないのだが、同盟締結の事実に関しては既に早馬が出ていた。流石にその使者に要綱までは渡しておらず、一足先にからエメリナへ風の精霊を仲介にした言伝も渡してあるのだが。
行きが急ぎだった分、帰りはフェリアの風景を愉しんで帰れ――とは、フラヴィアの言い分であった。とどのつまり体の良いフェリア国内の視察も兼ねさせられているのだろう。西王バジーリオの薦めもあってフェリア人であるロンクーが加わったのも理由の一つと思われた。
ちなみに彼の扱いに関しては慎重に投入時期を見計らえば問題ないだろう、との見解をクロムに伝えてある。ゆくゆくはフェリアの重鎮と言う地位を占めると聞いている彼の身柄は、恐らくロンクー自身が考えているより遥かに厄介で慎重さが求められるものだ。一歩間違えば、イーリスとフェリアの火種にも成りかねない。

まぁ、イーリスへの帰途の間位なら問題無かろうと、今も達の後ろ――結局、リズの護衛としての地位のまま配置することになった。本来ならフレデリクがその任にあるのだが、騎馬と歩兵では咄嗟の動きにどうしても差が生じる。それにクロムとリズ、どちらの護衛に重きを置くかという迷いも防ぐことになる――往路はが占めていた場所を、彼と入れ替えたと考えれば最も早いか。自分の隣にその姿が無いのが慣れないのか、ちらほらとクロムから視線が送られてはいたがは気付かない――気付いていない素振りをしていた。

「勉強になるなぁ……机に噛り付いて小難しい話聞いてるより、よっぽど。」
「かと言って、小難しい話から何も得られないわけではありませんよリズさん。知識は知識、知っていて損はありませんし逆に知らなければ――それを、実戦で使えることはできません。」
「そうですね、知識を知っていて初めて考え付く策もありますから。」
「はぁい。がんばります……」
才女達に挟まれたリズは少々居心地が悪そうだ。そんな少女の様子を見たとミリエルは苦笑を噛み殺し、肩を竦め合う。リズの密かな目標でもある賢者への道は――まだまだ先が長そうである。

「…………」
そんな光景を前に、クロムは僅かに眉根を寄せた。
別に妹が知識を増やしているのを厭うているわけでは無い。何故か――近頃急にとの距離が、離れたように感じられてならないのだ。無論それはに原因があるわけでも無く――そう、彼女はいつも通りだ。良くも、悪くも。
自覚したはいいものの、いや自覚したからこそどう接していいか分からなくなってしまったクロム自身にこそ、原因があるのだろう。だが。

(それにしたって、こう……もう、ちょっと。突っ込んで聞いてきてくれてもいいようなものだと思うんだが……)
心の声が漏れれば、何を勝手なことを言っているんだとリズ辺りには容赦なく切って捨てられることだろう。それか生暖かい視線でもって溜息を吐かれるか。

「……ま?クロム様?」
「ぅおっ!?ななななんだ、スミア!?」
「あ、あの……ど、どこかお加減が悪いんでしょうか……?ずっと、難しいお顔をされていて……」
「そ、そうか?あ、いや。何でも無い。気にしないでくれ。」
遅れること一歩分背後にいたスミアに覗き込まれながら尋ねられ、クロムが馬上で器用に飛び上がる。

「それでしたらよろしいんですが……」
「本当に大丈夫だ。すまないな、スミア。」
「あ、いえ……何も無いのでしたら……」
良かった、とはにかむスミアの姿にヴェイクが茶々を入れ、近くにいるミリエルにど突かれた。その騒がしいやり取りの間、は気を引かれたらしいリズと共にちらと視線で一瞥しただけですぐ会話に戻ってしまう。思わずむ、と眉を寄せれば今度は視線を感じたらしいリズに盛大に睨まれて。

「何だって言うんだ、本当に……」
溜息混じりのクロムの呟きに、悲しいかな答える者は無かったのだった。



「……霧が出てきましたね。」
夕刻近く、そろそろ野営地に腰を落ち着けなければならない頃。
変わらず先頭近くを歩いていたがぽつりと呟いた。

「本当だ。ついさっきまで晴れてたのに……」
下馬していたソールがその呟きに応え、歩き疲れたと護衛対象が馬車に移って手持ち無沙汰だったロンクーが目を細めた。

「ロンクーさん、この時期霧が発生することはよくあるんですか?」
「……いや。殆ど聞かないな。」
「…………」
唯一この土地の気候に精通しているだろう男に尋ねれば、首を横に振られてしまう。それを聞いたは眉をひそめ、魔力を集中させた。

「……風の精霊(ジルフェ)
千里先を見通す、自由をこよなく愛する人に非らざる者達を彼女は()ぶ。
だが瞬時に返った彼らの応えにおかしいことは無かった。害意ある者、 踏み外せば命の無い崖――そのどれもにおかしいことは無い。
だが、何だろうこの胸騒ぎは。

「おい。」
?」
突然足を止め、鉄の剣を抜き放った女軍師に倣いロンクーとソールも足を止める。いきなり抜刀した彼女に一瞬だけ虚を衝かれた二人だったが、その表情をみるなり即座に臨戦体勢に入った。

!?どうし……」
「来ないで下さいクロムさんっ!……皆、動いてっ!!」
前方の異変に気付いたクロムが何事かと馬を走らせかけ、だが悲鳴混じりの声と重なって響いた耳障りな金属音に遮られてしまう。
果たして。その異音の正体は、に向けて降り下ろされた、錆だらけの――


「敵襲!?」
馬鹿な、と言外に叫ぶクロム達を取り囲む霧が第一撃を辛くも防いだを起点に晴れて行く。

「くっ……!」
力任せの一撃を咄嗟に翳した鉄の剣で受け止めたが、腕に掛かる負荷に小さく呻いた。その声に意識を叩かれたロンクーとソールが助力に入ろうとするが、更に上がった声に身体の動きを止めた。

「私はいい!クロムとリズを!!」
そう叫ぶ彼女の目の前には、刃零れだらけの凶器が迫っている。明らかに押され気味でありながら、援護は不要と宣言したの中に焦りと動揺が生まれていく。
視界を遮っていた霧が晴れて行き、目の前の光景が次第にはっきりとしてくるからだ。
あるはずがない。あっていいはずの無い。視界に飛び込んできたのは夥しい数の――

「屍兵!?」
裕にこちらの人員の倍はいるであろう、犇めく異形の兵達だった。

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