遭遇戦 X
「いやぁっ!!」
スミアの口から反射的に悲鳴が上がり、仲間達と屍兵の注意を同時に引く。不意を突かれたクロム達の表情には驚愕と動揺の色が隠せない。
範囲の広狭に限らず、が周囲の索敵を怠る筈もなく。また例えその彼女が居らずとも、間合いのほぼ一歩分程度しか離れていない敵に誰一人として気付かぬはずが無い。普通、ならば。
「各員迎撃を!固まる、な!!」
屍兵の戦斧を力任せに弾いたが、間合いを取り直しながら周囲に叫ぶ。
驚くのも仕方無いと思うが、この異常な事態の理由を探し考えるのは後でいい。とにかく今はこの場を凌ぐのが先決とが意識を集中させ――
「くっ!?」
間合いを取ったはずの屍兵が再び眼前まで迫り、意識の集中を許さない。
まるで彼女が戦闘の指揮を執ることを知っているかのように、間を置かずに攻撃を繰り出してくる。
「!!」
呼ばれてちらと僅かに意識を逸らせば、やはり奇襲に浮き足立っているのが分かる。先程のへの一撃を皮切りに、はっきりしない姿や数に動揺するなと言うのは無理もないことだろう。ましてやついつい軍師の便利な力に頼ってしまっている昨今である。
まずは数をはっきりさせるのが先決か、と戦斧での攻撃を捌きながらは少しずつ力を溜めていく。
これがただの霧ならば、風の精霊の力を借りて吹き飛ばせばいい。けれこの異常事態を察知することはできず、結果現在進行形で窮地に陥っている。つまりこれは、ただの――自然発生した、霧や靄というわけではないのだろう。ならば。
「
そは別の精霊の名を呼び、先程とは比べ物にならない密度に織り上げた魔力と意識に力を集中させた。
霧の正体は空気中の水分、水を司る彼女らならばと考えたのは外れでは無かったようだった。文字通りの手足となった彼女らが、霧の中にいた水の精霊そのものがその声に呼応する。
ざぁっ、と音を立てて引いていく白い靄。そこで漸くクロム達は今、自分達が置かれている状況を理解した。
とロンクー、ソールを先頭に円錐状になっていた一行を半円で包み込むような形で屍兵が展開している。退路こそ断たれていないが、後退するには少々相手の数が多すぎる。かと言って不意を突かれたこの状態で、真正面からぶつかれば物量に圧されて被害が甚大なものになってしまう。
「ミリエル!!」
ソワレの注意を促す声に思わず意識をそちらに向ければ、初期位置が悪かったせいか本当に彼女の目と鼻の先に一体の屍兵の姿があった。
反撃は勿論、回避もあの距離では間に合わない。常なら風の精霊に力を借りて、得物を吹き飛ばしたりできようものだがその気配を感じることが精一杯の現状ではそれもままならない。
「――ミリエルさん!!」
ミリエルも回避は間に合わないと悟ったのだろう、ならばせめて防御をと両腕を頭上に翳す。その意図を察したが思わずその名を呼ぶが、行く手を阻まれて駆け付けることもでしない。
誰もが次の瞬間に起こる光景を疑わなかった。そう、当のミリエルさえも。
「っ!!?」
だが実際にその場から飛び退いたのは、ミリエルではなく彼女より離れた場所にいただった。
飛んできた手槍を僅かの擦過傷で躱した本人と、周囲の仲間達に衝撃が走る。
――ほぼノーガードに近い魔術士には目もくれず、反撃の体勢を整えていた女軍師に攻撃を変更した?
「馬鹿な!」
あり得ないとクロムが呟き、だがそんな彼を嘲笑うかのように状況は変化していく。展開している屍兵達の視線が、間近の対象では無く例え遥かに距離があろうともに集中しだしたのだ。
「君!!」
言外に込められた
これまでの常識では考えられない、まるで誰かに命じられたかのように一つの対象のみをつけ狙う動き。
「っ!!」
鉄錆びた槍と剣の攻撃を横っ飛びに躱す。
最早疑いようが無い。連中は自分を狙っている。
(なら……!)
それならそれでやりようはある。は素早く鉄の剣を鞘に納め、取り出した魔道書を開き口の中で詠唱を始めた。無論その間も絶えず移動し、仲間達から――とりわけクロムとリズから――距離を取り後方へと誘導する。
彼女の何らかの意図に気付いたのだろう、だがは攻撃を仕掛けようとする仲間達を視線で止め詠唱の終わった呪文を放つタイミングを測っていた。
「ッ!お前、何を……!」
する気だ、とは続けられなかった。
一人僅かずつ距離を取り出した彼女のもう一つの意図に、まず真っ先に気付いたクロムの言葉を凛とした声が遮ったのだ。
「……降り注げ雷の雨よ!サンダーッ!!」
雷の矢――と言うよりは、確かに雨と言った方が正しい。その光を帯びた雨がちからあることばと共にの手から放たれ、彼女に迫っていた屍兵は勿論辺りを取り囲みつつあった敵にも降り注いだ。
そうは言っても威力は僅かに痺れる程度で、倒すなど到底無理な力しか持たず。
『グォ………ッ!!』
だがその注意を引き付けるには十分な威力であった。
放たれた雷の矢。放った女軍師。
その注意が一瞬で彼女へと向けられる。
「ッ!?」
犇めく屍兵の注意が自分に向いたのを確認した途端、は身を翻して走り出した。
確信したその戦略にクロム以下、自警団の面々が顔色を変える。
「ロンクーさん!カラムさん!馬車とリズさんを死守してください!――フレデリク!!」
最後に叫んだのは彼の人の守役の名。
――決して彼の人の名では無く。
「……止せっ!待て、行くな!……ーッ!!」
異形の敵に追われるように、或いは導くように。
暗い外套を身に纏った小さな姿は、すぐさま森の闇に融けて消えたのだった。