遭遇戦 ]T 

 

――その光景に気付いたのは、奇しくも同じ一人の男を愛した二人の女だった。

緊張の連続からの解放で、皆無と言うわけでは無いにせよ誰もが気を緩ませていた。
そんな中、その光景に気付いたのは暁幸――単に傍近くに居ただけだったとしても――だったのだろう。

黒い何かが背の高い草の中を掻き分けるようにして這い、それ故に目視がまず遅れた。そして発声器官を持たぬが故に、葉擦れの音は周囲のものと同化して。
当人を含め、彼女達を除いた彼らが気付いた時にはもう既に手遅れだったのだ。

一人の青年目掛けて飛び掛かった、芋虫のような――人の腕の形を模した、凶器。

まるでコマ送りのように、ゆっくりと時間を感じる――錯覚だったとしても、視界を遮った影に咄嗟に反応ができなかった。


「あ……」
その声は果たして、誰のものだったのか。
驚愕に固まった彼の視界を占めたのは、一瞬前まで傍らにいたはずの彼女の顔で。


「―――?」
恐る恐る、確かめるように呼んだその名に応えるかのように闇色の双眸が見開かれ――唇が僅かに戦慄いた。
そしてその途端零れた、夜目にも鮮やかな一筋の命の色。

鼻を突く鉄錆びた匂いが、それが血の匂いであることを厳かに告げる。

ぐらり、と傾いだ小さな身体。
咄嗟に伸ばされた両腕はしかし、その身を抱き止めることは無く。



――何故ならば、



炎雷の魔女(わたし)を……」
他ならぬ彼女自身が、倒れることを自らに許さなかったからだ。
そして、

「舐めるなぁーーっ!!」
制御など最初から考えもしない、渾身の雷撃がその身から放たれた。

周辺が一瞬真昼のように明るくなり、屍兵の一部だったそれを跡形も無く焼き尽くす。
それだけでは無い。無尽蔵に放出された魔力を帯びた雷は、周囲を漂う白い霧さえも裂いたのだ。

耳目を覆う暇さえ無かった一連の攻撃に、彼は勿論離れた場所にいる仲間達の誰もが暫く何が起きたのか目の前の光景を理解できずにいた。

「……っ!」
そんな中一瞬の気合いと根性だけで踏みとどまっていた両足が脆くも崩れ、地面に吸い寄せられるように落ちていく。あわや激突、しかし当の本人にそんなことを憂慮している余裕など無く。

激突すれば更なるダメージは必至。だが足下から崩れるその身を、今度こそしっかり受け止めた者があった。


両の腕に掛かる負荷は、彼女本来の命そのままに。




ーーッ!!!」
自らの腕の中に力無く身を沈ませた彼女の名を。



クロムはただ全霊で叫ぶことしか、できなかった。

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